第13話 王女様はみんなに護られている
奥の間、昼下がり。
リディアに抱っこされながら、クロエは内心胃を押さえていた。
(昨日の毒が強すぎた)
(あのおっさん手強い…)
そのときツインリンクが鳴る。
アリシアから、いつもの短い合図。
「幕府」
クロエは再生を押す。
視界が切り替わる。
そして、入ってきた瞬間。
ちょんまげが…ない。
クロエの脳が固まる。
(幕府って日本モチーフだよね?)
(なのに髷がない!?)
次に目に入ったのは、髪型ではなく顔だった。
整った輪郭。
涼しい目元。
立ち振る舞いが軽い。
でも軽薄じゃない。
礼は深いのに、卑屈さがゼロ。
(なにこの令和風イケメン)
幕府使節が名乗る。
「アヅチ幕府使節、奉行衆より、柊 宗近」
「本日はご機嫌うるわしく」
声が爽やかすぎる。
でも中身は、潮の匂いがする。
国王アルベルトが礼を返す。
「遠路ご苦労」
「本日は何用か」
柊はにこっと笑う。
笑うが、笑顔で包丁を置くタイプの商人の礼だ。
「率直に申し上げます」
「港は安全ですか」
「交易に支障は出ますか」
言い切り。
前置きなし。
大陸の礼儀を踏まない。
クロエが内心で頷く。
(余計な思想ゼロ、物流第一)
王妃カタリーナが答える。
「港は機能しています」
「王宮の件は内々に処理中」
「交易路は守ります」
柊は頷く。
そして、少しだけ声を低くする。
「それは良きことです」
「こちらも大陸のいざこざに付き合う気はありません」
ここまではいつものだ。
だが続く。
「ただし」
「交易に支障が出るなら話は別です」
言葉が柔らかいのに、輪郭が鋭い。
港が止まるなら、幕府も動く。
動く方向は、味方にも敵にもなる。
(うわ、わかりやすすぎて怖い)
(でも、帝国連邦より読みやすい)
柊はさらに踏み込む。
「帝国と連邦」
「どちらが騒がしくしております?」
国王アルベルトが即答しない。
代わりに宰相が慎重に言う。
「いずれとも断定できない」
「現場には帝国硬貨があったが、内側の線もある」
柊は、あっさり頷く。
「なるほど」
「つまり…」
「大陸の争いが港に波及する可能性がある」
(整理うま)
クロエが内心で感心する。
柊は淡々と提案する。
「港の警備」
「船の護衛」
「必要なら、こちらからも人を出せます」
国王が目を細める。
「幕府が、軍を?」
柊は笑う。
「軍ではありません」
「護衛です」
「商いの延長です」
言い換えが上手い。
護衛なら内政干渉になりにくい。
でも実質は、港への影響力を握れる。
(幕府も首輪を投げてくるじゃん…)
クロエが昨日の連邦を思い出して呻く。
(ただ、首輪じゃなくてロープくらいの柔らかさだけど)
柊は続けて、さらっと言った。
「それと」
「もし、米の積み出しが止まるなら」
「うちが困ります」
米。
その単語が出た瞬間、奥の間の赤ん坊クロエの魂が跳ねる。
(米!!!!)
(幕府最高!!!!)
クロエは赤ん坊の顔面を必死で無に保つ。
だが心の中は祭りだった。
アリシアの視界の端で、ほんの僅かに瞬きが増える。
気配で分かる。
アリシアも“米”に反応した。
柊は、最後に一番大事な線を引く。
「我々は港が健全なら、それで良い」
「逆に港が不安定なら」
「…こちらも港を守るために動きます」
守る。
その言葉は優しい。
でも、港を守る者が港を支配するのもまた真理。
(幕府、分かりやすすぎて助かる)
クロエは結論を出す。
(利で縛れる。脅しじゃなく、契約で縛れる)
柊が一礼する。
「本日は様子見」
「ただ、港の異変は…」
「すぐ知らせてください」
「商いは、信頼が命ですから」
退場。
扉が閉まった瞬間、クロエは停止を押す。
(ここ数日の収穫はデカい)
帝国:うちのせいにすんな、でも調査はする(面子)
連邦:真相はどうでもいい、首輪を投げる(最悪)
幕府:港と交易がすべて、米が正義(分かりやすい)
最後にクロエは、心の中で付け足す。
(髷がない令和イケメン)
(…幕府、進んでんな)
小さな会議室。
謁見の間ほど豪奢ではない。だが、ここで決まることの方が重い。
窓は閉められ、警備の気配が壁の外に張り付いている。
机の上には地図、出納帳、港の入出港記録。
そして、例の硬貨を包んだ布。
出席は、国王アルベルト、王妃カタリーナ、宰相。
外務卿・内務卿、近衛隊長、騎士団長。
そして第一王女アリシア。
「三国、出揃いました」
「帝国は『濡れ衣は許さぬ』」
「連邦は『協力する、だが貸しを作れ』」
「幕府は『港が健全なら不介入、止まるなら動く』」
内務卿が吐き捨てる。
「どいつもこいつも、親切面して首輪を投げてきおった」
王妃カタリーナは淡々と言う。
「首輪を投げてくるのは当たり前よ」
「投げられた首輪を、こちらがどう扱うかが問題」
国王アルベルトが机を軽く叩いた。
「王国府としての方針を決める」
「外に弱みを見せるな」
「内を締める」
「ただし締めすぎるな。反発は帝国と連邦の餌だ」
外務卿が頷く。
「連邦は特に、内乱の匂いを嗅いだら必ず嗅ぎに来ます」
「協力の名で入り込み、抜けなくなる」
内務卿が硬貨の包みを指差す。
「問題はこれだ」
「帝国硬貨」
「外向けには帝国を疑っていない」
「しかし内向けには王宮内に穴がある」
宰相が補足する。
「硬貨の欠け、港都ヴェルの両替商の印」
「国内で一度回った証」
「内通の可能性が高い」
近衛隊長が低く言う。
「王宮の警備は増やしました」
「しかし、警備を増やすほど内通者の焦りも増します」
その一言で、室内に沈黙が落ちる。
焦った内通者は、動く。
動けば尻尾が出る。
だが動く前に、もう一度第二の手を打ってくる可能性もある。
王妃カタリーナが息を吐いた。
「つまり」
「次が来る」
国王が頷く。
「だから、王国府として形を作る」
「この件を機に、港都の統制を一段上げる」
内務卿が身を乗り出す。
「私兵の制限」
「夜間通行の許可制」
「港の検問強化」
「王国府の命令系統の一本化」
外務卿が釘を刺す。
「やりすぎると、諸侯が暴れる」
「暴れれば帝国と連邦が治安維持を口実にする」
宰相が言う。
「締める必要はある」
「だが、締め方を間違えるな」
そのとき、アリシアが口を開いた。
六歳の声。
でも、この部屋で一番冷静だった。
「整理します」
「帝国=面子」
「連邦=首輪」
「幕府=港」
全員の視線が、アリシアに集まる。
国王アルベルトは、娘の言葉を遮らない。
もうこの子が“ただの子ども”ではないと、全員が理解している。
アリシアは続ける。
「帝国には」
「疑っていない」
「硬貨の出所調査の協力を求める」
「帝国の面子を立てて共同調査」
外務卿が小さく頷く。
帝国が濡れ衣を嫌うなら、共同調査はむしろ受けやすい。
「連邦には」
「王宮内に入れない」
「外だけ」
「協力は範囲指定」
内務卿が唸る。
「…うまい」
「餌を少しだけ与えて、首輪の輪を小さくする」
アリシアは最後。
「幕府には」
「港は守る」
「交易は止めない」
「契約で縛る」
「利で味方にする」
王妃カタリーナが、ほんの少しだけ目を細めた。
宰相がまとめに入る。
内務卿がぼそっと言う。
「…結局」
「締めねばならんのだな」
国王アルベルトは即答した。
「締める」
「王家が揺らげば、王国が燃える」
「ただし」
「締める理由は一つだけにする」
王妃カタリーナが引き取る。
「姫を守るため」
「それなら諸侯も、民も反対しにくい」
宰相が頷く。
「そしてそれは真実だ」
「二度と、同じ夜を繰り返さぬために」
最後にアリシアが、小さく言った。
「クロエを」
「守る」
その声は、六歳のものだった。
初めて、この部屋で政治ではない温度が混じった。
国王アルベルトは一瞬だけ目を閉じ、そして立ち上がる。
「決まりだ」
「港都治安局を置く」
宰相がその言葉を拾って、制度の骨格へ落とす。
「運用元は王国府」
「港都の既存衛兵を一部編入」
「さらに騎士団から少数、出向」
「諸侯の私兵は組み込まない」
内務卿が少し嫌そうに言った。
「諸侯が騒ぐでしょうな」
「王国府の権限の拡大だと」
王妃カタリーナが冷たく微笑む。
「騒がせておきなさい」
「騒ぐ声は、今は民の恐怖に負ける」
宰相も頷く。
「王妃殿下の仰る通り」
「今は誰も、姫君の件を軽んじられない」
「反対する者は、姫君より自分の権利が大事と言っているようなものだ」
国王は最後に釘を刺す。
「ただし、やりすぎるな」
「治安局が諸侯狩りに見えた瞬間、連邦が笑う」
「帝国が口実を拾う」
「幕府は港から手を引く」
宰相が結論を宣言する。
「では、港都治安局の設置を決定」
「今夜中に布告案を作成」
「明朝、王の名で公布」
「選抜は近衛隊長・騎士団長」
「初代局長は、内務卿の推薦を受け、陛下が任命」
内務卿が一瞬だけ目を細める。
責任が重い。だが、権力も重い。
会議室の外。
王宮の廊下の向こうで、誰かがひそひそと囁く気配がする。
諸侯は騒ぐ。
大っぴらには反対できない。
だからこそ、裏で動く。
静かな会議室で、アルトフェン王国の締め直しが始まった。
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