第11話 王女様と姉姫様の夜
奥の間。
クロエは赤ん坊として寝かされている。
けれど、意識は冴えている。視界も聴覚もある。
侍女が布を直す、その指先を眺めていたとき。
ツインリンクが視界の端で点滅した。
「今から」
アリシアの合図だ。
(来た!)
クロエはアイチャンネルを起動する。
例の配信ウィンドウが開く。
【LIVE:アイチャンネル(アリシア視点】
本日の残り:10:00
[再生][一時停止]
再生。
視界が切り替わる。
高い天井、重い絨毯。
そこにいるのは 国王アルベルト。
王妃カタリーナ。
宰相。
近衛隊長。
そして、少し離れて立つ第一王女アリシア。
帝国使節団が入ってくる。
先頭は痩せた中年、紙の匂いがする男。
礼は深い。
「アルトフェン国王、アルベルト陛下。我が主よりの親書を携えて、そのお言葉を伝えに参りました」
「この度貴国において、卑劣なる未遂事件の報を覚え、我が主君は深い憂慮を示されております」
だが、次の言葉が本音だった。
「まず、確認させていただきたい」
「王宮で起きた不祥事に…我が国が関与したという憶測が流れていると聞き及んでおります」
空気が凍る。
使節は続ける。
「現場に帝国硬貨があったと」
「しかし、帝国硬貨など、交易路に乗ればいくらでも流れる」
「それをもって帝国の関与などと、軽々しく結びつけられては困る」
要するに。
【うちのせいにすんな】だ。
国王アルベルトの声が響く。
「憶測で貴国を疑うつもりはない」
「だが、硬貨は事実だ」
「だからこそ、我々は真相を究明する」
使節の目が細くなる。
究明という言葉に、警戒が混じる。
「貴国が究明の名の下に、商人や使節を拘束することがあれば」
「それは国際問題となる」
カタリーナが静かに言う。
「ならば、貴国も協力して」
「硬貨の出所を調べるべきです」
この一言が、綺麗に刺さる。
疑ってないと言いながら、帝国を逃がさない。
(ママン強い)
クロエの心の声が変な方向に湧く。
(でも今それどころじゃない)
使節は笑みを作る。
「もちろん協力は惜しみません」
「我々としても、第三者が我が国を騙って火種を撒く行為は看過できない」
ここで、アリシアが一歩だけ前に出る。
六歳の足音。小さいのに、場が一瞬止まる。
「使者殿」
短い。
幼い声でも、よく通る。
使節が戸惑いながらも頷く。
「……第一王女殿下」
アリシアは言う。
「帝国硬貨が使われたのは」
「貴国が怒ると知ってるから」
使節の眉が動く。
国王も宰相も、息を止めた気配がする。
「帝国が怒れば、連邦も動く」
「硬貨は“脅し”にも“楔”にもなる」
「…貴国は、そういう手口を見たことがある?」
質問の形をした、釘刺しだ。
【お前たちの領分だろ、情報出せ】と言っている。
使節の笑みが一瞬だけ消える。
そして、元に戻る。
「…殿下は、噂通り聡明でいらっしゃる」
「そうした工作は存在する。ゆえに…調査致しましょう」
完全な譲歩ではない。
でも「調査する」と言わせた時点で勝ちだ。
(姉、やっば)
クロエは赤ん坊の体で、内心だけで震える。
(六歳でこれやる?)
タイマーを見る。残り3:02。
ここでアリシアのスタンプ通知が視界の隅に点滅する。
クロエ側では送れないから、アリシアの“切り替え”だと分かる。
次の瞬間、画面が暗転した。
「見ちゃダメ」。
会話の核心に入ったのだろう。
帝国側の内情、あるいは王宮内の内通の話。
そこは今、クロエに見せない判断。
暗転したまま、タイマーが止まる。
(見たい)
(でも、これがルール)
(姉が守ってくれてる)
赤ん坊のクロエは、布団の中で小さく拳を握った。
指しか動かせない拳を。
夜。王宮は静まり返っているのに、眠っていない。
廊下を歩く靴音がいつもより少なく、代わりに“気配”だけが増えている。
アリシアの部屋は灯りが一つ。
机ではなく、ベッド脇の小さな椅子に座っていた。
六歳の体には大きすぎる椅子なのに、姿勢は崩れない。
ツインリンク。
姉妹だけの秘密の画面。
アリシアはしばらく、送信ボタンの上で指を止めていた。
言葉を選ぶ時間ではない。
選べば選ぶほど、遅れる。
外交も戦場も、遅れた言葉は死ぬ。
だから、直球。
「質問」
「私は」
「前世の記憶ある」
「あなたも?」
奥の間。赤ん坊のクロエは、画面を見て固まった。
(来た)
(ついに来た)
(姉、直球すぎだろ)
でも、ここで誤魔化す理由はない。
一人で抱えても、詰むだけだ。
クロエは、月末払いで手に入れた“セリフ”を切り貼りして返す。
「ある」
「男」
「30代」
「社畜」
「過労死…」
送った瞬間、クロエの胸の奥が妙に軽くなった。
言った。
言えた。
アリシアの返信は早かった。
迷いが消えた音がした。
「やっぱり」
「私も」
「前世」
「外務官僚」
「女」
「アラサー」
「過労死、たぶん」
クロエは、思わず心の中で笑った。乾いた笑いだ。
(過労死姉妹かよ)
(転生サポセン、労基案件だろこれ)
でも、笑いは続かない。
次のスタンプが、切り替わる。
「明日」
「連邦」
「幕府」
「来る」
「連邦」
「帝国硬貨」
「聞く」
「協力、言う」
「でも、探る」
「幕府」
「交易」
「それだけじゃない」
「匂い嗅ぐ」
「海の国」
クロエは息を飲んだ。
(姉、もう交渉メモ作ってる)
(さすが外務官僚)
クロエは、赤ん坊の体でできることが少ない。
だが、できることが一つ増えた。
姉と同じ地図を頭に持てる。
クロエは返す。
言葉は短く、でも本音は詰め込む。
「了解」
「連邦=探る」
「幕府=利」
「でも味方候補」
「俺」
「見る」
「必要な時だけ」
アリシアの返事は、少しだけ柔らかかった。
「今夜」
「言えてよかった」
「…お姉ちゃん、でいい」
最後の一行で、クロエの脳が一瞬止まる。
(ん?まさかな…)
(姉、シスコンの匂いがする)
赤ん坊クロエは、声にならない声で呻いた。
「了解」
「お姉ちゃん」
ツインリンクの向こうで、アリシアが息を吐く気配がした。
ほんの少しだけ、六歳の少女の息。
クロエは画面を閉じた。
目を閉じても、眠りはすぐには来ない。
(帝国、連邦、幕府)
(そして王宮の内通)
(俺たち、過労死しても働かされるのかよ)
それでも、もう一人じゃない。
姉がいる。
味方がいる。
赤ん坊の拳を、クロエはもう一度だけ握った。
(明日も生き残る)
(そして、結婚は絶対しない)
その決意はまだ、小さくて、しかし確かだった。
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