第10話 王女様また課金する
奥の間は、静かだった。
静かすぎて、逆に怖い。
伯爵は落ちた。黒装束も捕まえた。
王宮の廊下を歩く足音は増え、門番の交代も頻繁になっている。
表向きは、平穏。
でもクロエは、社畜の勘で分かる。
(終わってねぇ)
(むしろこれ、次の波が始まるやつ)
(炎上対応の次は、関係各所への説明会だ)
ふにふにの身体。指しか動かせない。
だけど目と耳だけは、転生特典で不自然にクリアだった。
夕方。侍女リディアがクロエを抱え、窓際で外の空気を入れ替えている。
廊下の向こうから、近衛の低い声が漏れた。
「…明日だそうだ」
「三国、全部とは限らんが、まず帝国から」
別の声が続く。
「宰相が謁見の間を空けろってさ」
「王妃様、寝てねぇ顔してたぞ」
三国。帝国、連邦、幕府。
出る名前の重さが違う。
(来た)
(ほら来た)
(絶対なんか言ってくる)
クロエは、赤ん坊の顔のまま内心でガッツポーズした。
(予測的中! 俺えらい!)
いや、えらくない。
当たってほしくない予測ほど当たるのが人生だ。
(問題はここからだ)
(俺、会見見れないんだけど??)
赤ちゃんが謁見の間に出られるわけがない。
出られても意味がない。喋れない。走れない。逃げられない。
(でも見たい)
(見ないと詰む)
(姉がいるとはいえ、情報が命の世界だぞこれ)
クロエは、視界の隅に浮かぶツインリンクのアイコンを見つめた。
スタンプしかない。
(足りない)
赤ちゃんのまま、クロエは途方に暮れた。
その時だった。
視界の端が、ぴこん、と光った。
【サポートセンター統合アプリからのお知らせ】
(え、今??)
クロエが意識を向けた瞬間、
前世で何度も見たあの形式が、遠慮なく画面を埋め尽くした。
【期間限定!お得パック!】
ツインリンクユーザー限定!アイチャンネル!
90%OFF! 30,000円!(6時間限定)
繋がっている相手の視点で視聴できます!
音声機能セット!
いま買うと追加特典つき!
クロエが睨むと、ポップアップはさらに追撃してきた。
【追加特典①】キャラセリフスタンプ追加
キャラに短い単語を“セリフ”として登録し、スタンプ化できます。
例:「あなたの」「名前」「なんてーの」など
【追加特典②】アイチャンネル一時停止機能
停止ボタンを押している間は視覚同期が切れます
再生で視覚同期が戻ります
※視聴時間は“再生中のみ”消費(合計1日10分)
【延長オプション】
どうしても延長したい場合:追い課金で+10分
ただし 1日1回まで
クロエは硬直した。
(…出た)
(ソシャゲの「今買わないと損ですよ」商法)
(異世界でもやるんだ、それ)
しかも金額が雑に強い。
(3万)
(90%offで3万って、元値30万かよ)
ツッコミが間に合わない。
さらに下に、小さく、最悪の一文があった。
※お支払いは月末まとめてでもOK!
(やめろ)
(その言い方やめろ)
(地獄のサブスクみたいな匂いする)
クロエは画面を睨んだ。
でも、頭の中の社畜が冷静に答えを出してしまう。
(…必要経費)
(今ここで情報取れないと、詰む)
(詰んだら死ぬ)
(死んだら元も子もない)
そして何より。
(使者が来る)
(明日って言ってた)
運営、読んでる?俺の状況。
いや読んでるわ。サポセンだもんな。
クロエは、ふにふにの指を、震えるほどゆっくり動かした。
「購入」ボタンに意識を合わせる。
(まさか異世界で重課金兵になるとは…)
心の中で、深いため息。
(でも、これ)
(“地味にやばいチート”の匂いがする)
クロエは、決めた。
(買う)
【購入完了!】
アイチャンネル:利用可能
視点:リンク相手固定
音声:相手の聴覚と同期
視聴:1日合計10分(再生中のみ消費)
停止:停止中は視覚同期オフ(時間消費なし)
延長:追い課金で+10分(1日1回)
アーカイブ:保存は課金必須
キャラセリフスタンプ:短語の登録可(特典)
アイチャンネルを購入した瞬間、視界の隅がぴこんと光った。
ツインリンクとは別の、やけに事務的な封筒アイコン。
(運営メール?)
クロエが意識を向けると、本文が開いた。
件名:【登録完了】アイチャンネルのご利用ありがとうございます
本文:
サポートセンター統合アプリをご利用いただきありがとうございます。
クロエ様がアイチャンネルを登録されました。
アイチャンネルは、ツインリンク相手の視覚・聴覚を同期し、ライブ視聴できる機能です。
ご利用にあたり、以下をご確認ください。
視覚・聴覚の同期を行いたくない場合
リンク相手が「見ちゃダメ設定」をONにしてください。
設定中は同期されなくなります。
見ちゃダメ設定はいつでもON/OFF可能です。
同期停止中の時間は、視聴時間にカウントされません。
アーカイブ(保存)をご利用の場合は別途課金が必要です。
今後ともサポートセンター統合アプリをよろしくお願いいたします。
クロエは読み終えて、赤ん坊の無表情のまま思った。
(見ちゃダメ設定…)
(つまり、姉が「今から見んな」ってできるってことか)
(良心あるじゃん運営…いや、最低限か)
(やっぱ運営ってゴミだわ)
王宮、第一王女私室。
夜は深い。だがアリシアは眠らない。眠れない。
机の上には報告書が積まれ、宰相の赤い蝋で封じられた書簡が三通。
どれも重い。
「帝国」「連邦」「島国」使節団の到着予定を知らせる文言が、紙の上で乾いていた。
お付き侍女が低声で言う。
「明日より順に、謁見」
「警備は最大限に引き上げます」
アリシアは頷く。
そして、視線を紙から外した瞬間。
視界の端が、ぴこん、と光った。
(……?)
【ツインリンクユーザー専用】
アイチャンネル登録のお知らせ
「クロエ様がアイチャンネルを登録しました」
視覚・聴覚同期を行いたくない場合は「見ちゃダメ」設定をご利用ください
※見ちゃダメ設定中は同期されません
(クロエ?)
指先が、ほんの僅かに震える。
怒りではない。
驚きと、理解が同時に走った。
(あの子、見たいのね)
(自分が動けないから)
(情報を)
アリシアは椅子の背に深く寄りかかり、目を閉じる。
数秒だけ。
危険だ。
だが、使い方次第で武器になる。
アリシアの脳内で、前世のチェックリストが回り始めた。
・こちらの発言が漏れる可能性
・相手に奪われる可能性
・しかし、こちらだけが持てる“非公式な情報共有”
・妹は会議に出られない、出したくない
・なら、視点を共有できるのは戦力
(止める理由はない)
(ルールを作ればいい)
アリシアはツインリンクを開いた。
そこに表示される相手は一人。
アリシアはセリフスタンプ一覧に目を落とす。
短い単語。単純な言葉。
だが、組み合わせれば会話になる。
(これなら、“会話”できる)
アリシアは、クロエにメッセージを送る。
文章ではなく、短文を区切って。
端的に。誤読を防ぐために。
「通知きた」
「アイチャンネル」
「使い方次第で武器」
「ルール送る」
「①見せる/見せないは私が決める」
「②見せる前に合図する」
「③危険な話の時は“見ちゃダメ”にする」
「④見てる間、あなたは反応しない(音でバレる可能性)」
「⑤必要ならスタンプで指示する」
「明日の会見前に連絡する」
「見せるタイミング合わせる」
「会見後の夜」
「話がある」
送信。
アリシアは画面を閉じ、しばらく机の上の蝋燭を見つめた。
炎は小さく揺れる。
侍女が言う。
「姫様、何か?」
アリシアは即座に第一王女の顔に戻った。
「明日の謁見」
「帝国使節の発言は一語一句、記録して」
「連邦は癖者が来る。言外が本音よ」
侍女が頷く。
「賜りました」
アリシアは、心の奥でだけ呟いた。
(クロエ)
(“見たい”なら、見せる)
(ただし、私が守る)
会見前夜。
姉妹の秘密は、また一つ増えた。
そしてそれは、武器になり得る秘密だった。
一方その頃。
奥の間でクロエは、通知を見て固まっていた。
(…姉、通知見えるんだ)
(やば。ばれてる。いや、最初からそういう仕様か)
次の瞬間、ツインリンクのスタンプが次々届く。
「通知きた」
「武器」
「ルール」
「見せる前合図」
「会見後の夜、話」
布団の中で背筋がぞくっとした。
(姉、切り替え早っ)
そして、最後の一行が一番心臓に悪い。
(なに…?)
(まさか、確認?)
クロエは視界の隅のアイチャンネルのアイコンを見た。
光っている。
まるで「早く使え」と言わんばかりに。
夜は更ける。
前日。
嵐の前の、最後の静けさ。
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