飲み込む。
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ざらつく。あの日みたいだ。
突然にして足場がなくなるような。
ふいに金槌で殴られたような。
ありえないことだ。
私は今ここで生きているし、数十秒後も同じ場所で生きているだろう。
私が消えるわけじゃない。
息を吹き返した。
スクリーンに映された画面を見る。
そこに私の番号はなかった。
悲しさがあふれるとか、悔しくてたまらなくなるとか、そんなものはなかった。
ただ、一杯のコーヒーが欲しくなった。
電話に出た私の声は普段通りだったと思う。
むしろ普段より明るかったかもしれない。
先生の期待に満ちた声が聞こえた。
「見た?」
ごめんなさい、先生。
出来る限り毅然として、でも少し悲しそうな、そんな声で。
「ダメでしたあ。」
きっと、普通の受験生なら泣いていたところだろうけど。
私は、どちらなのか悩むことから解放された、と安堵していた。
泣くことも怒ることもなく、ただ、コーヒーを入れてソファーに座った。
明日も学校か。
そう思うことで日常へ意識を戻した。
翌日、私はできる限り普段通りの顔で友達に会いに行った。
そのつもりだった。
どんな顔をしていたんだろう。
一言も話さないうちに、友達が背中をさすってくれた。
「あの子から聞いたの?」
「ううん。顔を見たら。」
もう一人の友達が立ち上がって抱きしめに来た。
「一般入試もあるって言ったって、応えるよなあ。」
たったこれだけの温かみに、花が崩れた。
苦しかった。
今は泣いてはいけない気がして。
安心した。
私は苦しんでいいのだと。
この結果は、私にとって辛いものだったと、言葉にしていいのだと。
初めて私は、私の状況を知ったのだ。
学校にいる間、私はこれまでの日常をなぞるような気分だった。
普段通りの顔で、普段通りの授業を。
窓から差し込む光の温かさも、眠くなるような先生の声も。
全て普段通り。
その奥の声が聞こえないように、グラウンドを見た。
穏やかな秋の終わり。
色付いた葉が、散っていた。
笑えるほど何もない場所に住んでいた。
車の音も、虫の声も聞こえない、閑静な住宅街。
晩秋、冷え込んだ夜のベランダは、まったくの暗闇だった。
街灯もなく、月も出ていない。
空気がさすように冷たい。
もしも、死に方を選べるなら。
最も美しく、冷たく死にたい。
そんな馬鹿げたことを考えた。
一息ついて答える。
「もしもし?」
「ああ、久しぶり。」
彼女とは、他愛もない話をするような仲ではない。
どちらかが、何かを諦めたくなった時。
そんな時だけ、電話をかける相手だった。
「一旦、終わったよ。」
「そう。」
聞いてるのか聞いてないのか、わからない具合に返事をする。
そんな関係性が好きだった。
どうせ理解し合えるような話をしない。
言いたいことを言うだけの、生産性のない会話。
「面接直後、ずっと後悔してたんだ。あんなこと言わなければって。」
「うん。」
「あーあ、もうしんどいなあ。」
「そういう年だからね。」
当たり障りのない言葉で、会話が途切れる。
次は彼女の番だ。
「好きな人に、恋愛相談されたの。」
「うわあ。」
そう言いながら空を見た。
かすかに見える、オリオン座。
その隣はおうし座かな、なんて考えていた。
彼女の話が流れていく。
「恋にうつつを抜かしてる場合じゃ、ないのになあ。」
「仕方ないよ。理性でどうにかできるなら苦労しない。」
「そうだね。」
彼女との電話は、いつも終わりが見えない。
風のように実体のないまま。
弱まったころに、
「じゃあ。そろそろ。」
「うん。」
ラジオを切るみたいに別れる。
部屋に戻り、もぐりこんだ布団は冷え切っていた。
静かな満足感とともに、眠りについた。




