神隠しの不協和音
カイが英雄となって一月が過ぎた頃、王都を中心に、不穏な噂が流れ始めた。
「神隠し」。
才能ある若者や、試練を越えて階級を上げたばかりの者が、忽然と姿を消す事件が相次いでいたのだ。失踪現場には、魔力の残滓すら残っておらず、まるで初めから存在しなかったかのように、人々は消えていった。
人々は高位の魔物や、アクマの仕業だと恐れたが、神殿の調査でも原因は掴めず、王都は重苦しい空気に包まれていった。
カイも、その噂を耳にしてはいた。だが、彼はあえて関わろうとはしなかった。ようやく手に入れたリナとの平和な日常。それを壊されたくはなかったのだ。
その日、カイの家に、王家の紋章を掲げた豪奢な馬車が乗り付けた。現れたのは、宰相を名乗る壮年の男。その瞳は、カイの力を品定めするかのように、鋭く光っていた。
「英雄カイ殿にお会いできて光栄です。単刀直入に申し上げましょう。陛下が、貴殿に勅命を下されました」
宰相は、巻物をカイに差し出した。そこに書かれていたのは、やはり「神隠し事件の調査および解決」。
「これは、命令です。貴殿が神から授かった『黄金』の力は、民のために使われてこそ意味を成す。そうは思いませんか?」
断ることは許されない。それは、カイが『黄金』という階級を背負った瞬間から定められた宿命だった。カイは、眠るリナの寝顔をそっと見つめた後、静かに、しかし力強く頷いた。この平和を守るためには、その脅威となる火種を、自らの手で消しに行かねばならないのだと。
王都に戻ったカイは、早速調査を開始した。ブラムやエルザと連絡を取り、情報を交換する。
騎士団の内部情報を探っていたブラムは、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「おかしいんだ。失踪者のリストは騎士団の上層部と神殿が握っていて、俺たち下位の者には全く情報が降りてこない。何かを隠しているとしか思えん」
一方、魔導院の古文書を調べていたエルザは、魔法的な見地から一つの可能性にたどり着いていた。
「古い文献に記述があったの。『階級喰らい(ランクイーター)』という禁術について。人の二の腕に刻まれた階級印を、その者の魂ごと喰らい、自らの力に変えるアクマの秘術よ。もしこれが本当なら、犯人は人間かもしれない」
犯人は、人間。
エルザの言葉は、カイの心に重くのしかかった。
カイは独自に、失踪者が出たというスラム街を訪れた。そこで彼は、階級制度のより深い闇を目の当たりにする。『泥鉄』の者たちが、わずかな食料のために命を削り、病気になっても薬も買えずに死んでいく。それは、かつての自分とリナの姿そのものだった。
「どうせ俺たちは、神にも見捨てられた存在さ」
老婆が、力なく吐き捨てる。
その時、カイは気づいた。自分が『黄金』になったからといって、この世界の理不尽な仕組みは、何一つ変わってはいないのだと。
その夜、カイは新たな失踪者が出たという裏路地で、決定的な痕跡を発見する。それは、失踪者のものであろう血痕と、そして、血で描かれた禍々しい紋章。エルザにその紋章を伝えると、彼女の声は恐怖に震えていた。
「間違いない…。それは、古のアクマと契約した者たちが使うという秘密結社の紋章…。彼らの名は、『蝕む者』。神の定めた秩序を喰らい、世界を混沌に還すことを目的とした、最悪の背教者たちよ…!」




