英雄の帰還と日常で得た光
『黄金』の階級をその身に宿し、一夜にして伝説となった少年カイは、喧騒の王都を背に、生まれ故郷の小さな村へとひた走っていた。人々が畏怖と羨望の眼差しで道を空ける。かつて『泥鉄』と蔑まれ、石を投げつけられた道が、今はひれ伏す者たちで埋め尽くされている。だが、カイの心はそこにはなかった。彼の心を占めるのは、ただ一人、病床に伏す妹の姿だけだった。
我が家の粗末な扉を開けると、薬草の匂いと、弱々しい咳の音が彼を迎えた。
「……兄さん?」
ベッドから身を起こそうとするリナは、数日前と変わらず痩せ細り、その頬には病の色が濃く浮かんでいた。
カイは何も言わず、その傍らに膝をつき、震える手で女神から授かった『神の雫』を取り出した。光の雫がリナの唇に触れた瞬間、奇跡は起きた。
まばゆい光がリナの全身を包み込み、彼女を蝕んでいた病の根源が、霧散するように消えていく。血色の悪かった肌はみるみるうちに温かみを取り戻し、濁っていた瞳には、かつての輝きが蘇った。
「…あ…れ…?からだが、軽い…?」
「リナ…!」
完全に癒えた妹を、カイは力強く抱きしめた。温かい。ちゃんと、生きている。理不尽な世界で、彼が唯一守りたかったもの。そのために始めた戦いは、最高の形で報われたのだ。涙が、とめどなく溢れた。それは、英雄としてではなく、ただの兄として流す、安堵の涙だった。
この日から、カイの日常は一変した。
妹リナはすっかり元気になり、その笑顔が家に溢れるようになった。カイはささやかながらも、夢にまで見た平和な日々を手に入れた。
だが、世界が彼を放っておくはずはなかった。
『黄金』階級の出現というニュースは、瞬く間に大陸全土を駆け巡った。王侯貴族からの招待状、豪商からの贈り物、嫁にと名乗りを上げる貴族の令嬢たち。カイの家には、富と名声を求める者たちが後を絶たなかった。
時を同じくして、試練の塔で運命を共にした仲間たちも、それぞれの道を歩み始めていた。
エルザは、その類稀なる魔力解析能力を認められ、特例として王立魔導院への入学を果たした。手紙には、膨大な知識の海に目を輝かせている様子が綴られていた。
ブラムは、家の名誉ではなく、自らの意志で王都騎士団に入団。『鋼鉄』の階級と、試練で得た不屈の精神は、彼を同期の中でも際立った存在にしていた。
三人の道は分かれた。だが、彼らの魂を結ぶ絆が、色褪せることはなかった。




