7.二人の行き違い
教室の日が来る。
マリコを練習相手に、何度もやり直しながら、シンジは縛る手順を少しずつ自分のものにしていった。
翠で販売している縄を買って、家でも自分の脚や、椅子などをつかって、家でも自主練を重ねてるシンジ。
時々、時間が合うとマリコさんと待ち合わせて翠で練習をする。
家では家で自主練をする。
そんな忙しい日々を送るシンジは何度目かの教室で、安定してなんとか胸縄が一定の速度で縛れるようになり、胸縄に合格をもらうことができた。
「よく頑張ったね、形はこれでできた。あとは繰り返して自分のものにして、目をつぶってもできるくらいに手に覚えさせられるといいね」そう先生がシンジにアドバイスをする。
「やる気がすごいわ。かなり早いペースでここまできたわ。マリコさんいい人を見つけたわね」抄妓さんがマリコを祝福する。
なんだか全てがうまくいっている。シンジもマリコもそう思っていた。
そしてその次の二人きりの逢瀬の日になった。
シンジ SIDE
「シンジさん、頑張ってくれてありがとう」マリコさんが褒めてくれるのが誇らしかった。
「えっと、縄をする時だけでいいから……ご主人様って呼んでいい?」そうマリコさんが切り出してきた。
「うん?どういうこと?」と聞き返す。
「シンジさんは、普通の恋人としての喜び、私が知らないことをいっぱい私に教えてくれたの。それはとても私には嬉しいことでした。本当に感謝してるんです……」
「うん、そっか嬉しいよ、それで?」と次の話を促す。
「でも、私の中にはご主人様ってものを求める心も残っていて、シンジさんに縛られている時は、そう思っていたいと思ってます。今は貴方が私のご主人様だって、思いたいんです。ダメでしょうか?」
前のご主人様からの異常な行為を繰り返してきた彼女に、僕は一人の女性として愛を注いできた。ご主人様と呼ばれることは前の人と競うことになるような気がしてこれまでは名前で呼ぶように促してきたのだけれど……。
「わかった、いいよ。普段ときちんとメリハリをつけて切り替えて呼んでくれるなら、それでいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
そんな話をして、今日は初めてベッドの上で縄を使って愛し合おうということになった。普段は着衣で縛っているが、今日は生まれたままの姿で。『きっと綺麗だろうな』そう思って、僕は、彼女の素肌に縄をかけていった。
SIDE END
マリコ SIDE
「ご主人様、私の全部を、縛ってください」
私はそう言って、彼に両手を委ねる。
彼が私の手を後ろに回して、腕に縄をかける。彼の手で動けなくされる。彼に身を委ねる。最初はその喜びに浸っていた。
縄が自分の身体にかかっていく。それに集中しようとするのに、何故か出来ない。
必死に縛ってくれてるのはわかる。でも、彼の温もりが感じられない。
ただ縄の手順を追うだけの行為が淡々と過ぎて……。
「よし!」と彼が言った瞬間、私は寂しくて、哀しくて、涙がぽろぽろと出てきて、止まらなくなった。
「どうしたの?痛かった?」彼が気づかって声をかけてくれる。
「違います。痛くはないですよ、きちんと縛れてます。でも寂しかったんです。シンジさん、縛ってる時私を見てくれてました?私がどう感じてるか、私を見てくれてましたか?」そう言って、シンジさんを見つめて、更に言った。
「私にはあなたが縄しか見えていないように感じました。私は練習のためのマネキンじゃないんですよ。練習する時はそれでもよかったですけど。今は愛し合うための時間ですよね?」私はそう言って彼を責めてしまった。
SIDE END
シンジ SIDE
マリコさんの涙に、最初に翠に行った日に抄妓さんに言われた言葉を思い出す。
『大事なのは、心を込めて愛情をもって縛ること。』
そんな当たり前で大事な話を聞き流していたことに気づいて、愕然とした。
思わず、深く頭を下げて「ごめん」って謝っていた。
「ごめんね、最初の日に抄妓さんに、一番大事なことを教わっていたのに、僕にはまだご主人様としてマリコさんを縛るには早過ぎたみたいだ。もう少し待っていてくれないかな?」
「シンジさんがすごく努力されてきたことは知ってますから、こちらこそ、急ぎすぎてごめんなさい。待ってますから、でも愛し合う時には私を見てください」
「はい、もう忘れない。でも今日は縄なしでいいかな?」
「はい、さっきの分も、いつもよりいっぱい抱きしめてください。シンジさん」
「マリコさん、愛してるよ」僕はそのままマリコさんを必死に抱きしめた。
SIDE END




