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第21節:協力始動の日々

四者協力協定から十日が過ぎた。


最初の三日間は、外部からの来訪者に住民たちが戸惑いを見せていた。エルドリン、カイロス、レネ――三人の技術者は、それぞれが高度な専門性と強い個性を持ち、谷の住民たちとの価値観の違いは小さくなかった。


しかし、一週間が過ぎる頃には状況が変わり始めていた。技術者たちと住民たちの間で、真の対話が生まれつつあった。そして十日目の今日、本格的な協力の成果が目に見える形で現れ始めていた。


朝の光が工房の窓から斜めに差し込む中、私は金床を叩く規則正しい音に目を覚ました。谷には見慣れぬ顔が三つ増えていた。それぞれが持つ独特の存在感が、朝の空気を変えている。


工房の奥では、エルドリンが炭を起こしている。四十を過ぎた男の腕は太く逞しく、肘から手首まで火傷の跡が無数に刻まれていた。リュシアの技を直に学んだ者だけが持つ風格を感じる。


隣の机では、カイロスが羊皮紙を丁寧に広げている。三十代の軍人らしく背筋がぴんと伸び、戦術図面に向かう目は鷹のように鋭い。ティルヴィの戦場を理論に落とした男の集中力が、紙面に注がれていた。


薬草の匂いが漂う一角では、レネが薬草を選り分けている。若い女性司祭の手つきは丁寧で、一つ一つの葉を慈しむように撫でている。クルセオの天恵讃歌を医の道に活かそうとする意志が、その瞳の奥に宿っていた。


工房の空気に、他の誰も気づいていない透明な線が浮かんでいるように見える。この感覚は日に日に強くなっている。


「この響きは何を意味するのでしょう」


エルドリンがリーアの前で首をかしげていた。石詠みの実演を見て、眉間に深い皺を寄せている。彼の目は困惑と興味が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


「金属の内に宿る声です」


リーアが滑らかな石の表面に手のひらを当てながら答えた。その指先は繊細に石の微細な振動を捉え、まるで楽器を奏でるかのような動きを見せている。表情には、三十年の経験に裏打ちされた揺るぎない確信があった。


「音の違いが、金属の質を教えてくれます。純度、強度、内部の歪み。全て響きの中に隠されているのです」


リーアの説明に、エルドリンは身を乗り出した。しかし、その眼差しには理解できないものへの苛立ちが滲んでいる。


しかし、三日前の光景を思い出す。エルドリンとリーアが向かい合い、互いの技術を巡って激論を交わしていた。あの時の緊張感は、工房全体を包み込むほど強烈で、他の住民たちも作業の手を止めて様子を窺うほどだった。


技術者としての誇りがぶつかり合う瞬間。それは創造的な火花を散らすこともあれば、破壊的な対立に発展することもある。私の役割は、その炎を建設的な方向に導くことだった。


「勘では品質が保てません」


エルドリンの拳が小刻みに震えていた。額に汗が浮かび、呼吸も浅くなっている。リュシアで築き上げた職人としての誇りが、数値で測れない技術を受け入れることを拒んでいる。


「音を軽んじる者に、真の品質は分かりません」


リーアの肩が強張り、顎が上がっていた。三十年かけて磨き上げた石詠みへの深い愛が、外部からの安易な批判を許さない。その目には、怒りと悲しみが混じった炎が宿っている。


工房に張り詰めた空気を、他の住民たちも察していた。オルガン長老が心配そうに眉をひそめ、フォスが作業の手を止めて様子を窺っている。技術者同士の対立は、共同体全体に波紋を広げていく。


試作品を前にした時、二人の溝は最も深くなった。新たに作られた合金の小片を挟んで、エルドリンが持参した計測具が示す値と、リーアの感覚が告げる質に、大きな開きがあった。


「この道具が示すところでは不良です」


エルドリンの声は低く、計測具を握る手に力が込められていた。


「石の声はそうは言いません」


リーアの返答は静かだったが、その中に譲らない意志の強さがあった。


一触即発の空気が工房を包んだ時、私は間に入った。過去のプロジェクトで何度も見てきた光景だ。専門家同士の衝突は、互いの価値観や手法を理解し合えない時に起こる。しかし、この対立を乗り越えることができれば、単純な足し算を遥かに超えた、掛け算のような成果が待っている。


私は両者の間に立ち、深く息を吸い込む。仲裁のためのアプローチを頭の中で組み立てながら、まずは感情の熱を冷ます必要があると判断した。


私は深く息を吸い、両者の間に歩み寄った。


「お二人の技は、どちらも欠かせないものです」


私は両者を見回しながら、できるだけ穏やかな声で言った。エルドリンの肩の緊張を解き、リーアの警戒心を和らげる必要がある。


「エルドリンさんの測り方は、同じ品質を何度でも再現することを可能にします。リーアの感覚は、道具では捉えきれない細やかな違いを見抜く。両方があってこそ、真の技が生まれるのではないでしょうか」


私は手のひらを上に向けて、二人の間に置いた。


「考えてみてください。エルドリンさんの正確な測定と、リーアの繊細な感覚が組み合わさったら、どのような可能性が生まれるでしょう。単純に足し算するのではなく、掛け算のような効果が期待できるはずです」


二人の表情が、少しずつ和らいでいくのが見える。対立から協力への転換点が、ようやく見えてきた。


三日にわたって対話を重ねた。エルドリンはリーアの感覚を何とか数値や測定可能な形に置き換えようと試み、一方でリーアはエルドリンの精密な道具が持つ意味を理解しようと真剣に努めた。


最初の日、エルドリンは自分の計測具でリーアが「良い」と判断した金属を次々と測り、その結果を羊皮紙に丁寧に記録した。リーアの感覚的な評価を「音の高さ」「響きの長さ」「振動の微細さ」といった要素に分けて分析しようとしていた。


二日目には、リーアがエルドリンの道具の示す値と自分の感覚の差を、できる限り言葉で説明しようと努めた。「この数値の時、石は悲しい声を出します」「ここの値が高いと、金属が喜んでいるように響きます」といった、一見すると詩的な表現だが、実は深い洞察に基づく説明だった。


そして三日目、互いの手法を組み合わせる実験を始めた。エルドリンの測定結果をリーアが感覚で確認し、リーアの判断をエルドリンが数値で検証する。この相互補完的なアプローチが、予想以上の成果を生み出した。


そして昨日、二つの技が初めて一つになった時の光景を思い出す。あの瞬間の感動は、今でも胸に温かく残っている。


「これほどの精度とは」


エルドリンが完成した合金を手に取り、息を呑んでいた。その小さな金属片は、朝日を受けて美しく輝いている。火傷だらけの指が、新たな可能性を確かめるように丁寧に撫でている。


「リーアさんの指導がなければ、この精度は出せませんでした」


エルドリンの声には、心からの感謝と驚きが込められていた。リーアの感覚指導により、彼の計測技術と組み合わせることで、従来では不可能だった精密さが実現されていた。


「あなたの道具も、石の声をより正確に聞かせてくれます」


リーアも素直に認めていた。エルドリンの計測具を使うことで、自分の感覚をより客観的に確認でき、技術の継承も容易になることが分かった。


二人の間に築かれた信頼関係は、工房全体の空気を変えていた。他の住民たちも、この変化を敏感に感じ取っている。


農の分野でも、似た経緯があった。谷の畑で、フォスとレネの間で科学と信仰を巡る議論が続いていた。


「祈りが作物に何をもたらすのか」


フォスが黒い土を握りしめながら問いかけていた。指の間から零れる土の粒子を見つめ、首を振っている。実証を重んじる農夫には、目に見えない力の効果が掴めない。


「記録が物語っています」


レネが腰を屈め、若い芽に手をかざしながら静かに答えていた。その手つきは祈りというより、植物の生命力を感じ取ろうとしているかのようだった。クルセオ神殿に代々残されている収穫の記録が、祈りと豊作の関わりを数百年にわたって示している。


「しかし、どのような仕組みで」


フォスの疑問は尤もだった。土壌の成分や気候の変化なら理解できるが、祈りの言葉がどうして植物の成長に影響するのか、その道筋が見えない。


この対立も、共同の実験により氷解した。畑を区画に分け、片方には祈りを込めて、もう片方には通常の世話のみを行った。そして土壌の状態、植物の成長速度、収穫量を詳細に記録していく実験を行った。


興味深いことに、祈りを込めた区画では、土壌の保水性が微細に向上し、植物の根の張り方にも明確な違いが現れた。根は深く、均等に広がり、より健康的な成長を見せている。


レネの説明によると、祈りの過程で農夫の観察力が研ぎ澄まされ、植物の微細な変化に気づきやすくなるのだという。さらに、祈りを捧げることで心が落ち着き、作業への集中力も高まる。この心理的な効果が、結果として植物により良い環境を提供することに繋がっていた。


「祈りは、作物との対話でもあるのです」


レネの言葉は、フォスにとって新たな発見だった。科学的な観察と信仰的な心構えが組み合わさることで、単なる作業を超えた、より深い農業が可能になる。


「植物も生きている。その声に耳を傾けることが大切なのですね」


フォスの理解は、レネとの関係をより深いものへと変えていった。


「信仰と実証は、対立するものではありませんでした」


フォスの頬が緩み、目元に深い理解の光が宿っていた。新たな発見が、レネとの関係を一段と深めている。


「祈りは心を集中させ、植物への愛情を深める。それが結果として、より良い世話に繋がるのですね」


フォスの言葉に、レネも嬉しそうに頷いていた。


組織の運営では、カイロスとオルガン長老が興味深い交わりを見せていた。経験豊かな長老の知恵と、若い軍事理論家の斬新な発想が、予想以上に良い化学反応を起こしている。軍の効率性と、石詠みの一族が大切にしてきた合意形成が融合する試みが進んでいる。


「緊急時と平時を両立させる仕組みが要ります」


カイロスの提案は具体的だった。災害や外敵の脅威に対しては迅速な指揮系統で対応し、日常の運営では住民の意見を十分に聞く。この一見矛盾する要求を満たす仕組みを、二人は夜遅くまで話し合って検討していた。


「平時に信頼を築くことで、緊急時の指示も受け入れられる」


オルガン長老の洞察に、カイロスが深く頷いている。災害への備えが検討され始めていたが、それは単なる防災計画ではなく、共同体の結束を強める新たな枠組みへと発展しつつある。


協力の成果は、目に見える形で現れていた。新しい合金で作った鍬や鎌は、従来の三倍も長持ちし、刃こぼれも起こりにくい。改良された栽培法により、初回の収穫が二割も増えていた。畑に立つフォスの顔は、明らかに以前より明るくなっている。


医の分野では、祈りと薬草を合わせた新たな治療法により、風邪や軽い怪我の治りが格段に早くなった。レネが村の子供たちに施した治療を見て、母親たちの表情も和らいでいる。


住民たちの心も変わっていった。当初は外からの客人に警戒を向けていた者たちが、具体的な恩恵を目の当たりにして歩み寄っている。特に年配の女性たちの変化は顕著だった。


「こんなに良い道具があるとは」


新たな農具を手にした農夫の顔に、驚きと喜びが混じっていた。技の交わりがもたらす恵みを、肌身で感じている。


「外の人たちも、悪くないものね」


最も慎重だったマリアおばさんが、レネに薬草を分けてもらった後でこう呟いていた。レネの丁寧で思いやりのある対応に触れて、考えを改め始めている。外の世界への偏見が、少しずつ解けている。


「あの娘さん、本当に優しいのよ。うちの孫の熱も、あっという間に下げてくれたし」


「カイロスさんも、思ったより話しやすい人だった。軍人だから怖い人かと思ったけれど」


「エルドリンさんの作る道具は本当に素晴らしいわ。これなら農作業が楽になる」


住民たちの間で、こうした肯定的な評価が広がっている。最初の警戒心は完全に解け、むしろ積極的な交流を求める雰囲気さえ生まれていた。


特に印象的だったのは、村一番の頑固者として知られるガレス爺さんの変化だった。彼は外部の人間を毛嫌いしていたが、エルドリンの職人魂を目の当たりにして考えを改めた。


「あの男の手つきには嘘がない。本物の職人だ」


ガレス爺さんがそう認めた時、村の空気は完全に変わった。最も保守的な住民が認めた外部の人間を、他の住民が拒む理由はもうなかった。


若い母親たちも、レネの優しさと医術の確かさに感動していた。子供たちはカイロスの軍事理論を冒険譚として楽しんで聞いている。世代を超えて、外の世界への関心と親しみが広がっていた。


一週間後の報告の場では、全ての分野で期待を上回る結果が確認された。工房に集まった住民たちの表情は明るく、数字で示される成果以上に、彼らの自信と希望が何より価値のある収穫だと感じる。技の融合による相乗の効果が、当初の見込みを大きく超えた発展をもたらしている。


「これは歴史に残る成功になりましょう」


エルドリンの言葉は静かだが、その中に深い満足と確信が込められている。集まった者たち全員が静かに頷き、この成果を噛み締めていた。


リーアの頬には誇らしげな笑みが浮かび、フォスは土で汚れた手を見つめながら感慨深げに息をついている。レネは祈りを捧げるように目を閉じ、カイロスは軍人らしく背筋を伸ばして成果を受け止めている。


しかし、成功の陰で新たな発見が静かに進んでいる。技の交わりを通じて情報を共有する過程で、各領域が共通して抱える謎が浮上していた。それは単なる技術的な疑問ではなく、この世界の根本的な仕組みに関わる深刻な問題だった。


最初にその兆候を感じたのは、エルドリンが持参した古い鍛冶の記録を見た時だった。リュシア工房に代々伝わる古文書の中に、見覚えのある符号を発見したのだ。それは谷の石詠み遺跡で発見されたものと酷似していた。


「この記号は何を意味するのでしょう」


私がエルドリンに尋ねると、彼は首を振った。


「古くから伝わるものですが、意味は失われています。ただの装飾だと思っていました」


しかし、私には偶然の一致とは思えない。この類似性が、私の中で強い警戒心を呼び起こした。もしかすると、四つの領域は表面的には独立しているように見えて、実は何らかの共通の基盤の上に築かれているのではないか。


その日の夜、私は一人で谷の遺跡を訪れた。月明かりの下で古代の石組みを見つめていると、これまで気づかなかった細部が浮かび上がってくる。石の切り口、積み上げ方、全体の配置。全てに、高度な技術と明確な意図が感じられた。


夕刻の会合で、カイロスが古い羊皮紙を広げた。軍の遺跡調査で得られた資料と、谷の石詠み遺跡の記録を並べて見比べている。最初は何気なく資料を眺めていた彼だったが、やがて動きが止まった。


「この文字の形が」


カイロスの指先が、紙面の一点を辿っていた。その動きは慎重で、まるで重要な発見を確認するかのようだった。眉をひそめた表情に、困惑と驚きが混じっている。


「どうされました」


私が尋ねると、カイロスは別の羊皮紙を手に取る。指先が僅かに震えているのが見える。二つの資料を並べて比較し、何度も見直している。その様子に、エルドリンとレネも関心を向けた。


「まさか」


カイロスが呟く声は掠れていた。彼の顔から血の気が引いている。軍人として数多くの戦場を見てきた男が、これほど動揺を見せるとは。


エルドリンが立ち上がり、資料を覗き込む。レネも席を離れ、三人が羊皮紙を囲んだ。私も近づいて、彼らが見つめている文字を確認した。確かに、これは偶然とは思えない一致だった。


会議室に重い沈黙が落ちる。ろうそくの炎が小刻みに揺れ、影が壁を踊っていた。


「我々の神殿でも、同じものを見ました」


レネが身を乗り出し、自分の荷物から巻物を取り出す。彼女の手も震えていた。四つの領域すべてで、同様の古代文字が見つかっているという。それは各地の指導者に与えられた特別な力と関わりのある内容を示していた。


「ここに書かれているのは」


レネが指差す箇所には、クルセオの天恵讃歌に関する記述があった。しかし、それは現在知られている讃歌よりも遥かに古く、複雑な内容だった。


「『力を授かりし者』『その本質を現す』といった文字が読み取れます。まるで、我々に与えられた能力が、もともと我々の内にあったものを引き出したかのような」


「上なる存在への言及も」


私は資料を見つめながら報告した。四領域の遺跡に共通する文献には、各地の指導者を見定める上なる仕組みの存在が、断片的ながら記されていた。その記述は、私たちが漠然と感じていた違和感に、おぼろげな形を与えるものだった。


「『管理者』『観察』『選別』」


私が読み上げる古代文字の意味は、どれも不安を掻き立てるものばかりだった。


エルドリンが深いため息をつく。「リュシアの古い記録にも、似たような記述がありました。ただの伝説だと思っていましたが」


「これらの遺跡は、一つの源から生まれたのかもしれません」


エルドリンの分析により、建築の技法や使用材料にも驚くべき共通点があることが判明していた。石の切り出し方、積み上げ方、さらには金属の加工技術まで、まるで同じ職人集団が作ったかのような類似性を示している。四つの領域に散らばる遺跡群が、実は一つの巨大な古代文明の遺産である可能性が高まっている。


「そして、その文明の技は我々を遥かに超えている」


発見された古代技術の断片は、現在の四領域の技の水準を大きく上回っていた。精密さ、効率性、そして何より、材料や道具に対する深い理解。まるで現在より遥かに高度な文明が古の世に存在し、何らかの理由で姿を消したかのような様相を示している。


「この古代文字」私が指差す。「『継続』『発展』『要求』という語の後に、判読困難な文字が続いています。そして最後に『然らずんば』という文字が」


その先の文字は風化が激しく、読み取れない。しかし、その含意するところは不穏なものを感じさせた。


日が暮れた頃、代表者たちとの内密の会談で、より深刻な発見が共有された。住民たちには聞かせられない、重大な秘密について話し合うため、会議室の扉に鍵をかけ、窓には厚い布をかけた。


「我々のような、各地を導く者に与えられた力自体が、古代の仕組みの一部かもしれません」


カイロスの推測は、静寂を切り裂くように響いた。全員が息を呑み、会議室に深い沈黙が落ちる。ろうそくの炎だけがゆらめき、私たちの影を壁に大きく映していた。


「これらの文字」カイロスが羊皮紙を指差す。「完全には読めませんが、『選定』『試練』『発展』といった語が見えます。そして、『力を授ける』という記述も」


各地の指導者に与えられた特殊な能力が、何らかの意図によって授けられたものである可能性が、断片的に示されている。


私の胸の奥で、冷たいものが広がっていく。転生の時に感じた違和感、村を発展させるべきだという抗いがたい強い衝動。それらが自然な感情ではなく、何者かによって巧妙に植え付けられた指向性だとしたら。


思い返してみれば、確かに不自然だった。過労死で倒れた私が、なぜこれほど積極的に村の発展に取り組もうとするのか。前世では会社のプロジェクトに疲弊していたはずなのに、なぜ今度は自発的に同じような責任を背負おうとするのか。


「まるで、そうするように設計されているかのような」


その考えが頭をよぎった時、背筋に氷のような感覚が走った。もし私たちのような各地の指導者が、より大きな仕組みの歯車に過ぎないとしたら。もし私たちの意志や感情さえも、誰かによって植え付けられたものだとしたら。


古代文字の『選定』『試練』『評価』という言葉が、頭の中で不気味に響いている。我々は試されているのか。そして、その試験に不合格となった時、何が待っているのか。


「もしそうなら」


レネが口を開きかけて、言葉を選んでいる。


「我々は誰かに導かれている存在ということになります」


その静かな声に、会議の場の空気が重くなった。我々指導者の意志さえも、より大きな仕組みの制御下にある可能性が浮かび上がっていた。エルドリンが拳を握り、私は眉間に手を当てた。


「ここに」レネが自分の資料を指差す。「古い言葉で『評価』『測定』といった文字があります。そして『不足なれば』という記述の後が、破損して読めません」


不穏な予感が胸の奥で広がっていく。


「この調べは続ける必要があります。しかし、住民には当面伏せておきましょう」


私は慎重な方針を提案した。協力関係の発展を妨げることなく、真実の究明を進める必要がある。


「文字の解読も不完全です」カイロスが付け加えた。「『然らずんば』の後の文字が判読できれば、より多くのことが分かるかもしれません」


しかし、その「より多くのこと」が、私たちにとって都合の良いものである保証はなかった。むしろ、知らない方が良い真実である可能性の方が高い。


翌朝、代表者たちは各領域への帰路についた。朝霧が谷を包む中、三人の荷車が見えなくなるまで住民たちが手を振っていた。表向きは大成功の技の交わりだったが、その裏で発見された古代文明の謎が、新たな探求の必要性を示していた。


「また来月お会いしましょう」


エルドリンとの握手は力強く、火傷だらけの手のひらに確かな温かみがあった。その手は硬く、幾つもの傷で凸凹しているが、職人としての誇りと今後の継続的な協力への決意が、しっかりと伝わってくる。技の交わりは成功し、人と人の信頼関係も確実に築かれた。


「必ずや、より良いものを作り上げましょう」


エルドリンの言葉には、リーアとの共同作業への期待が込められていた。


カイロスは軍人らしく背筋をぴんと伸ばして敬礼し、「石詠みの一族の皆様に、ティルヴィ軍からの敬意を」と丁寧に述べた。レネは司祭らしく両手を合わせ、「クルセオの恵みが皆様と共にありますように」と祈りを込めて頭を下げて去っていった。


住民たちの表情は、十日前とは明らかに違っている。外の世界への恐れが消え、新たな可能性への期待に変わっていた。特に若い者たちの目は輝いており、自分たちも外の世界で学びたいという意欲を見せている。


しかし見送りの後、私は一人で古代遺跡の資料を見直していた。羊皮紙に記された古代文字が、朝の光の中で不気味に浮かび上がる。インクの色は時を経て褪せているはずなのに、なぜか鮮明に見える。まるで文字自体が生きているかのような錯覚を覚える。


四者協力の成功は確実だ。住民たちの笑顔、向上した技術、深まった絆。全てが順調に進んでいる。しかし、その基盤となる世界の仕組み自体に根本的な謎が存在していた。


「我々は本当に自らの意志で行動しているのだろうか」


古代文明の高度な技と、神候補者の仕組みの関わりを考えると、より大きな意図の存在を疑わざるを得ない。私たちの選択は本当に自由なものなのか、それとも見えない糸で巧妙に操られているのか。


転生した時から感じていた違和感。村を発展させなければならないという強い衝動。それが自然な感情ではなく、誰かによって植え付けられた指向性だとしたら。背筋に冷たいものが走る。


協力による発展という光と、仕組みの謎という影。この二つの要素が、谷の未来に複雑な陰影を落とし始めていた。新たな技術と古い謎が交錯する中で、私たちはどこへ向かうのだろうか。


窓の外では、住民たちが新しい農具を使って畑を耕している。その姿は希望に満ちており、技術交流の成果を物語っている。子供たちは外の世界に興味を示し、大人たちは協力の価値を理解し始めた。


しかし、その平和な光景の向こうに、巨大な影が潜んでいる。私たちは本当に自由なのか、それとも誰かの掌の上で踊らされているだけなのか。


この問いに答えを見つけるまで、真の平安は得られないだろう。四者協力は成功した。しかし、それは同時に、より大きな謎の入り口に立ったことを意味していた。


古代遺跡の資料を丁寧に巻き直しながら、私は心に誓う。この謎を解き明かし、住民たちを真の自由に導くことを。たとえその先に、どのような困難が待っていようとも。


工房の向こうから、リーアが石を詠む声が聞こえてくる。フォスが畑で土を耕す音も響いている。オルガン長老が若い住民たちに何かを教える声も聞こえる。この平和な日常を守りたい。しかし、それ以上に、彼らに真実を知る権利があるはずだ。


私たちは本当に自由なのか。この問いへの答えを見つけるまで、心の平安は得られないだろう。四者協力は大きな成功を収めた。しかし、それは同時に、より深く、より複雑な謎の入り口に立ったことを意味していた。


朝日が窓から差し込み、資料の上に温かい光を注いでいる。新しい一日の始まりだ。住民たちは希望に満ちた表情で日々の労働に向かい、外の世界との交流に期待を膨らませている。


この光景を守り、同時に真実を追求する。この二つの使命を両立させることが、私に課せられた真の責務なのかもしれない。

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