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17/22

第17節:観測の空白

その夜、私は自発的に監視当番を志願した。


昼間に報告された観測空白現象が気になって、とても眠れる状態ではなかった。サナが報告した「石の反応が一時的に完全停止した」という事象は、前世のシステム監視経験から言って、非常に重大な警告信号だった。


「リーアさん、今夜は私が監視を続けます」


夕食後の集会所で、私は提案した。


「夜間にも同様の現象が発生する可能性があります。連続的な観測データが必要です」


リーアは心配そうな表情を見せた。


「一人で大丈夫ですか?もし何か異常があったら...」


「大丈夫です。何かあれば、すぐに皆さんを起こします」


しかし、実際には一人で対処できる確信はなかった。昼間の現象が夜間にも発生した場合、それは単なる自然現象ではない可能性が高い。そして、もしそれが人為的な現象だとすれば、私たちは既に何者かによって観測されているということになる。


「では、交代で監視しましょう」


リーアが妥協案を提示した。


「私が夜半まで、カナデ様が深夜から朝まで担当してはどうでしょうか」


これは実用的な提案だった。一人での長時間監視は、集中力の維持が困難だ。


「ありがとうございます。それでお願いします」


夜が更けるにつれて、谷は静寂に包まれた。住民たちは既に眠りについており、聞こえるのは風の音と水の流れだけだった。


リーアは集会所の隅に監視用具を準備し、定期的な観測を開始した。


「石の反応はどうですか?」


私は時折、状況を確認した。


「今のところ『軽い不安』レベルで安定しています。昼間のような空白現象は起きていません」


月が中天に差し掛かる頃、リーアと私は交代した。


「特に変わった様子はありませんでした」


リーアは記録を渡しながら報告した。


「ただ、石の反応が微妙に強くなってきているような気がします」


「どの程度でしょうか?」


「『軽い不安』から『やや不安』の境界線くらいでしょうか。明確ではありませんが」


私は引き継いだ記録を確認した。確かに、夕方から深夜にかけて、徐々にだが確実に石の反応レベルが上昇している。


「ありがとうございます。何かあれば、すぐに起こします」


リーアが休息に向かった後、私は一人で監視を続けた。


深夜の静寂の中で、観測用の石を定期的に確認する。前世のシステム監視業務を思い出す、孤独で緊張感のある作業だった。


しかし、この世界の監視作業には、前世とは大きく異なる要素があった。石詠みの石は、単なる測定器具ではない。何らかの生命的な性質を持ち、環境の変化に敏感に反応する。そして、その反応は時として予測不可能だった。


夜半を過ぎた頃、最初の異常が始まった。


石の反応が急激に変化し始めたのだ。


「これは...」


私は慌てて記録を取り始めた。石の反応レベルが『軽い不安』から『強い動揺』へ、そして『激しい警告』まで一気に跳ね上がった。


しかも、それは単なる強度の変化だけではない。石から感じられる感覚そのものが、これまでに経験したことのない複雑さを帯びていた。


リーアの五段階評価では表現しきれない、多層的で矛盾に満ちた反応だった。


「『激しい警告』を超えています」


私は記録表に新しい段階を追加した。『極度の混乱』とでも呼ぶべき状態だ。


そして、その激しい反応が約十分間続いた後、突然の変化が起きた。


完全な沈黙。


石は一切の反応を示さなくなり、まるで生命を失ったかのように冷たくなった。手に取ってみても、普通の鉱物と変わらない感触しかない。


パルス欠損イベントの本格発生。


前世のシステム監視で何度も経験した現象だったが、この世界で起きるとは思わなかった。データの途絶は、多くの場合、観測対象システムの重大な異常か、外部からの意図的な干渉を示している。


私は急いでリーアを起こそうと立ち上がった。しかし、集会所の出口に向かう途中で、窓の外に異常な光を発見した。


青白い光。しかし、これまでに見たものとは明らかに異なっていた。


より明るく、より規則的で、まるで何かの信号のようなパターンを持っている。


「これは人工的な光だ」


私は窓から身を乗り出して、光の発生源を確認しようとした。


そして、愕然とする事実を発見した。


光は一箇所からではなく、谷の北東、北西、南西の三方向から同時に発せられていた。完璧な三角形の配置で、中心にある谷を取り囲むような位置関係だ。


同期光。それも、明らかに意図的で計画的な配置。


私の背筋に冷たいものが走った。これは偶然の自然現象ではない。何者かが谷を中心とした三角測量を行っている。つまり、私たちの位置は完全に把握されており、何らかの目的のために継続的に監視されているということだ。


「観測する側から、観測される側になったということか」


前世のシステム監視では、監視対象がこちらを逆探知してくることがあった。しかし、それは技術的な対策で防ぐことができた。今回は違う。物理的な位置が完全に特定され、包囲されているような状況だ。


光は約三十分間続いた。その間、私は詳細な記録を取り続けた。


光の色調、明滅パターン、相互の同期性、強度の変化。すべてが人為的で高度に組織化された特徴を示していた。


特に注目すべきは、三つの光源が完全に同期していることだった。同じタイミングで明滅し、同じパターンで強度を変化させ、同じタイミングで消失した。


これだけの精密な同期を実現するには、高度な通信技術と組織力が必要だ。


光の消失と同時に、石の反応も復活した。しかし、その反応は光の出現前とは大きく異なっていた。


「複合的な混乱状態」とでも表現すべき複雑さを帯びている。複数の異なる信号源からの影響が同時に作用しているような感覚だった。


夜明けが近づく頃、私は急いで住民を起こした。


「緊急事態です。全員集合してください」


住民たちは眠い目をこすりながら集会所に集まった。しかし、私の深刻な表情を見て、すぐに緊張感を共有した。


「今夜、決定的な発見がありました」


私は観測記録を示しながら説明した。


「まず、石の反応が完全に停止する現象が約三十分間発生しました」


「その間、谷の周囲三方向から、同期した人工的な光が観測されました」


住民たちの間にざわめきが起こった。


「これまでは、私たちが外界を観測していました」


私は状況の重大性を強調した。


「しかし、今度は外界から私たちが観測されています。相手の意図は不明ですが、少なくとも谷の位置と住民の存在は完全に把握されています」


長老オルガンが沈痛な表情で呟いた。


「ついに、外の世界が私たちに気づいたということか」


リーアが石を手に取りながら補足した。


「石たちの反応も、これまでとは全く違います。まるで複数の異なる存在から同時に影響を受けているような感覚です」


フォスが測量士としての観点から質問した。


「三角測量ということは、私たちの正確な位置が特定されているということですね?」


「その通りです。そして、それだけの技術力と組織力を持つ存在が、何らかの目的で私たちを監視しています」


サナが不安そうに聞いた。


「その目的は何でしょうか?敵対的なものでしょうか?」


「現時点では不明です。直接的な攻撃や侵害はありませんが、監視されているという事実は確実です」


住民たちの間に重苦しい沈黙が落ちた。これまでの探査は、私たちが主体的に情報を収集する活動だった。しかし、状況は根本的に変化していた。


「これからは、監視されていることを前提とした対応が必要です」


私は新しい現実に対応するための方針を提示した。


「探査活動の継続可否について、改めて住民全体で検討する必要があります」


「相手の意図が明確になるまで、より慎重なアプローチが求められます」


「同時に、万一の事態に備えて、防衛や避難の準備も必要かもしれません」


朝日が谷を照らし始めた時、住民たちは新しい段階に入った現実を受け入れようとしていた。


これまでの平穏な生活から、未知の存在との関係を考慮しなければならない状況への変化。それは不安でもあったが、同時に新しい可能性への入り口でもあった。


「今日一日をかけて、新しい状況に対する対応策を検討しましょう」


私は住民たちに提案した。


「そして、今夜も監視を続けます。相手の行動パターンを把握することが重要です」


住民たちが朝の作業に向かう中、私は一人で夜明けの空を見上げていた。


観測する側から観測される側への転換は、この小さな共同体にとって歴史的な変化だった。しかし、それは同時に、より大きな世界との接触の始まりでもある。


未知の存在の意図は分からない。しかし、少なくとも彼らは私たちに直接的な害を与えてはいない。もしかすると、対話の可能性もあるかもしれない。


ただし、そのためには相当な準備と慎重さが必要だろう。私たちはもはや、忘れられた谷の隠れた住民ではない。何者かによって発見され、監視される存在になったのだから。

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