表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/22

第11節:監視体制への転換

夜明けの光が谷に差し込む頃、私はすでに集会所の準備を整えていた。


昨夜見た青白い光と、住民たちから寄せられた異常報告が頭の中で渦巻いている。一つ一つは小さな変化でも、それらが同時に起きているという事実は、何か大きな変動の前兆を示している可能性が高い。


集会の鐘が静かに響くと、住民たちが三々五々集まり始めた。いつもの顔ぶれだが、表情はいつもより硬く、緊張の色が隠せない。リーア、フォス、サナは早めに到着し、長老オルガンも杖をついて重い足取りで現れた。


「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


私は立ち上がり、集まった二十数名の住民を見回した。石詠みの一族の大半がここにいる。子供たちは別の場所で遊んでいるが、この会議の結果は彼らの未来にも関わってくる。


「昨日から今朝にかけて、谷の周辺で異常な現象が複数確認されています。まず、これらの報告を整理させてください」


私は事前に準備した大きな石板を皆の前に置いた。そこには既に、主要な現象が項目別に記されている。


「リーアさんから報告のあった石の感応変化」


リーアが手元の石を皆に見せた。普段は静寂を保っている石が、かすかに振動し続けている。


「この石は祖母から受け継いだもので、三十年以上私と共にありました」リーアの声は不安を含んでいた。「これまで、こんなに持続的に震え続けることはありませんでした。まるで遠くから何かが呼んでいるような、そんな感覚です」


住民の何人かが息を呑む音が聞こえた。石詠みの感覚は、この一族にとって最も信頼できる情報源の一つなのだ。


「フォスさんからは、土壌振動の報告をいただきました」


フォスが測量道具を手に取り、説明を始めた。


「測量作業で常に地面の状態を感じていますが、昨日の昼頃から微細な振動が続いています。地震の前兆とは違う、もっと規則的で人工的な響きです」


「具体的には、どのような特徴でしょうか」


「波のようなリズムがあります。強くなったり弱くなったり、まるで遠くの太鼓の音のような周期性を感じます」


住民の中から「太鼓?」という小声が漏れた。この谷では、太鼓を使う文化はない。


「サナさんからは、薬草の変化についてお聞きしています」


サナが革袋から数種類の薬草を取り出した。普段より色が薄く、萎れたような状態が見て取れる。


「治療用の薬草たちが、一斉に生命力を失いかけています。水やりも施肥も変わっていないのに、まるで何かに生気を吸い取られているようです」


年配の住民エリドンが心配そうに手を挙げた。


「薬草の効果に問題はありますか?」


「今のところ効能に大きな変化はありませんが、このまま衰弱が続けば、いずれ使えなくなる可能性があります」


深刻な問題だった。この谷では、サナの薬草が唯一の医療手段なのだ。


「そして、私が昨夜目撃した青白い光」


私は外界探索での観測結果を説明した。光の色、持続時間、出現位置、消失の様子。できる限り客観的に報告したが、それでも住民たちの不安は深まるばかりだった。


長老オルガンがゆっくりと立ち上がった。集会所に静寂が戻る。


「皆の話を聞いていると、これは単なる偶然の重なりではないようだ」


オルガンの声は重く、長年の経験に裏打ちされた確信を含んでいた。


「古い記録によれば、谷の外で大きな力が動く時、石たちは必ず反応を示すと伝えられている。祖先たちは、そうした現象を『外つ風の兆し』と呼んでいた」


「外つ風とは?」


若い住民マリンが質問した。


「この谷を取り巻く外界の力の変動のことだ。善なるものもあれば、危険なものもある。しかし、これほど明確で持続的な変化は、私も経験したことがない」


私の脳裏に、前世のシステム監視業務の記憶が鮮明に蘇った。複数の異なる指標が同時に異常値を示す時、それは単一の根本原因から派生している可能性が高い。そして、そうした状況では迅速な対応が必要だった。


「皆さんのご意見をお聞かせください。この状況に、私たちはどう対応すべきでしょうか」


住民たちの間でざわめきが起こった。様々な意見が飛び交う中、二つの主要な方向性が浮かび上がってきた。


年配の住民グループは慎重派だった。


「今まで通り、谷の中で静かに暮らしていけばいいのでは」


「外の変化に関わる必要はありません。私たちには関係のないことかもしれません」


一方で、若い世代は積極的な対応を求めていた。


「でも、薬草の衰弱は現実の問題です。放置すれば私たちの生活に直接影響します」


「原因がわからなければ、対策も立てられません」


議論が白熱する中、フォスが建設的な提案をした。


「私たちの役割を分けてはどうでしょう。谷の中の日常業務を維持する班と、外の様子を調べる班に」


この提案は多くの住民から支持を得た。リスクを分散しながら、必要な情報を収集できる合理的なアプローチだった。


「実用的な考えですね」私は石板に組織図を描き始めた。「外界調査班は志願制とし、内政班は現在の役割分担を継続する」


リーアが真っ先に手を挙げた。


「私は調査班に参加します。石の感覚が何を伝えようとしているのか、確かめてみたいです」


フォスも続いた。


「測量の技術が役立つなら、私も参加させてください」


サナは少し迷った後、手を挙げた。


「薬草の問題を解決するために、原因を突き止めたいと思います」


意外だったのは、普段は慎重な年配の住民エルバンも参加を希望したことだった。


「若い者ばかりに危険な仕事を任せるわけにはいかない。経験が必要な場面もあるだろう」


最終的に、調査班は八名、内政班は残りの住民という構成になった。


「賛成です。ただし、外界調査は段階的に進める必要があります」


私は石板に同心円の図を描いた。谷を中心として、徐々に観測範囲を広げていく計画だ。


「第一段階では谷の境界付近、第二段階では周辺の丘陵地帯、第三段階でより遠方の探索を行います。各段階で得られた情報を基に、次の行動を慎重に決定していきましょう」


「安全対策はどうしますか」


サナの質問は重要だった。


「二人以上のチームで行動し、必ず帰還時刻を決めて出発します。異常を感じた場合は即座に退避し、無理な調査は行いません」


長老オルガンがこの方針を承認した。


「慎重さと勇気のバランスが取れた良い計画だ」


「まずは近距離での定期観測から始めて、異常パターンの把握を試みましょう」


リーアが興味深い提案をした。


「石たちの反応にも、何か規則性があるかもしれません。時間を決めて、継続的に記録してみませんか」


「具体的には?」


「朝、昼、夕の三回、決まった時刻に石の状態を記録します。変化のパターンがわかれば、外界の動きを予測できるかもしれません」


その時、サナが気づいたように手を上げた。


「そういえば、薬草の変調も、朝と夕方で違いがあるような気がします。朝は比較的元気で、夕方になると萎れが目立つんです」


周期性。前世のデータ分析経験から、これは非常に重要な手がかりになる可能性があった。自然現象でも人工的な現象でも、周期的なパターンには必ず原因がある。


「興味深い観点です。では、観測の時間帯も詳細に記録に含めましょう。石の反応、土壌振動、薬草の状態、そして可能であれば空の色や雲の動きも」


若い住民タルンが質問した。


「記録の方法はどうしましょうか。文字で書き残しますか?」


「文字と図の両方を使いましょう。変化の程度を段階で表し、時間と場所を明記します。これまでの経験では、後で見返した時に新しい発見があることが多いんです」


集会所に活気が戻ってきた。不安から始まった議論が、具体的な行動計画に発展している。住民たちの表情にも、困惑から決意への変化が見て取れた。


エリドンが実務的な質問をした。


「調査班の活動中、内政班は何をすればいいでしょうか」


「通常業務の維持と、谷内部の状況監視をお願いします。特に、水路の流量、農作物の生育状況、家畜の行動に変化がないか注意深く観察してください」


「内部と外部、両方に目を配るということですね」


「その通りです。変化は外からだけでなく、内側からも現れる可能性があります」


長老オルガンが私たちの議論を見守りながら、満足そうに頷いた。


「若い者たちの知恵と、古い者の経験を組み合わせれば、きっと道は見つかる。この谷に住む者として、未知の挑戦を恐れてはいけない」


集会の終盤で、具体的な役割分担と初回の観測スケジュールが決定された。翌日の朝から本格的な観測活動を開始し、三日後に経過報告の集会を開くことになった。


住民たちが帰路につく中、リーアが私のそばに残った。


「本当に、これで良かったのでしょうか」


彼女の声には不安が残っている。


「完璧な計画ではありませんが、何もしないよりは遥かに良いと思います。問題は、早く発見すればするほど対策も立てやすくなります」


「石たちの声が、日に日に強くなっているんです。まるで急いで何かを伝えようとしているような...」


リーアの感覚的な報告は、状況の緊急性を示していた。


「明日から始まる観測で、その意味を解き明かしましょう。石たちが教えてくれることを、私たちなりに理解する努力をするんです」


夕陽が谷を橙色に染める中、私は明日からの新たな挑戦に向けて心を整えていた。内政から外政への転換は、この小さな共同体にとって大きな変革だ。しかし、変化を恐れて立ち止まっていては、真の危険を見落とすかもしれない。


集会所を出る時、振り返ると長老オルガンがまだ席に座って何かを考えていた。


「オルガン様、何か気になることがありますか?」


「うむ...」老人は深い皺を刻んだ額に手を当てた。「古い記録で、一度だけ似た現象の記述を見た覚えがある。明日、書庫を調べてみよう」


「どのような記述でしょうか?」


「はっきりとは覚えていないが、『天の眼が地を見つめる時』という表現があったように思う。もしかすると、私たちが観測している現象の正体に関係があるかもしれない」


天の眼が地を見つめる時。その言葉は、何か不吉な予感を運んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ