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第10節:新たな脅威の影

翌朝、カナデは夜明け前から目を覚ましていた。


昨日見た青白い光が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。あの瞬間的な閃光と、その後に感じた大気の振動。自然現象では説明のつかない何かが、確実に外界で起きている。


石詠みの集会所では、早朝から緊急会議が開かれていた。フォス、リーア、サナ、そして長老のオルガンが石造りのテーブルを囲んでいる。全員の表情が、いつもより硬い。


「皆さん、昨日の観測結果について検討しましょう」


カナデが口を開くと、オルガンが深いため息をついた。老人の皺に刻まれた懸念の深さが、状況の重要性を物語っている。


「ああ。リーアから報告を聞いた。石たちの反応は、これまで経験したことがない」


オルガンの証言が、状況の特異性を裏付けていた。石詠みの一族にとって、石の状態は天候予報よりも正確な環境指標だった。その石たちが一斉に変化を示す事態は、記録にない。


「具体的には、どのような変化が起きているのですか?」


カナデの質問に、リーアが手元の石を示した。掌大の滑らかな石だが、よく見ると表面に微細な振動が走っている。


「いつもなら、石は周囲の状況を静かに教えてくれます。水の流れ、土の状態、天候の変化。でも昨日から、まるで何かに動揺しているような震えが続いています」


フォスも観測結果を補足した。


「私の測量道具も同様です。土の深い部分から、これまで感じたことのない振動が伝わってきます」


サナが革袋から数種類の薬草を取り出した。どれも、いつもより色が薄く、萎れた状態が見て取れた。


「薬草たちも変化しています。まるで、遠くから何か大きな変化が近づいてくるのを感じ取っているような状態です」


住民たちの報告を聞きながら、カナデの脳裏に前世のシステム障害対応の経験が蘇った。個別の小さな変化が、実は大きな変動の前兆だったケースを何度も見てきた。


「外界での現象が、この谷の環境にも影響を及ぼし始めている可能性があります」


カナデの分析に、オルガンが重々しく頷いた。


「恐れていた状況が、現実になりつつあるかもしれない」


「どのような状況ですか?」


「古い伝承では、世界の均衡が変動する時、石詠みの感知能力に変化が現れると語り継がれている。今起きていることは、その兆候に似ている」


会議室に重い沈黙が落ちた。外から聞こえてくる住民たちの日常の音が、いつもより頼りなく感じられる。


「対応方針を検討する必要があります」カナデが口を開いた。「まず、現在の状況をより正確に把握することから始めましょう」


「具体的にはどのような方法で?」フォスが尋ねた。


「定期的な外界観測と、石詠み能力を使った環境監視の体系化です。谷の境界付近に観測点を設置して、変化の早期発見体制を整える。同時に、石詠みの感知範囲を使った遠距離情報収集も段階的に強化します」


リーアが前向きに反応した。


「私たちの能力で、そのような体制を構築できるでしょうか?」


「これまでの実績を見る限り、十分実現可能だと考えます。水利システムも農業改善も、皆さんの石詠み能力があったからこそ成功できました」


カナデの言葉に、室内の雰囲気が少し明るくなった。しかし、すぐに現実的な課題が浮上する。


「住民への説明はどうしますか?」サナが懸念を表明した。「不安を煽ることなく、必要な準備を進めるのは難しそうです」


これは重要な問題だった。前世のプロジェクト管理でも、チームの士気維持と現実認識のバランスを取るのは常に課題だった。


「段階的に情報を共有しましょう」カナデは提案した。「まず、警戒態勢の強化を『谷の防災対策』として説明する。その上で、実際の脅威の性質が明確になってから、具体的な状況を伝える」


オルガンが承認するように頷いた。


「賢明な判断だ。パニックを避けながら、必要な準備を進められる」


会議が終わると、カナデは一人で谷の展望台に向かった。朝の光が谷全体を照らしている。三ヶ月前に比べて、すべてが発展し、安定していた。


だが、その平穏の状況も、外界の変化によって影響を受ける可能性があった。


展望台に立ちながら、カナデは自分の役割の変化を実感していた。技術者として谷の問題を解決していた時期は終わった。今度は、指導者として住民たちを守らなければならない。


遠くの山並みを見つめていると、昨日観測した青白い光のことが再び心に浮かんだ。あの現象の性質と、それが谷に与える可能性のある影響について、まだ判断材料が不足している。


風が頬を撫でていく。いつもと同じ風のはずなのに、微妙な変化を感じるのは、昨日の体験による心理的な影響だろうか。空の雲の流れも、わずかに異なって見える。


「変化の時期に入ったということか」


カナデは小さくつぶやいた。前世でも、安定期の後には必ず調整期が訪れた。個人にとっても、組織にとっても、それは自然な流れだった。


ただ、今回は自分だけでなく、谷の住民全員の安全に関わっている。その責任の重さを肩に感じながら、カナデは今後の方針を固めていた。


「どのような変化が起きても、この谷と住民たちの安全を確保する」


決意を確認した時、遠くから微かな音が聞こえてきた。鳥の鳴き声とも風の音とも異なる、規則性を持った響き。


カナデは耳を澄ませた。音の方向は、昨日偵察した南の峠の向こうだった。あの青白い光が観測された方角と同じ位置である。


音は徐々に明瞭になってくる。一定の間隔を置いて繰り返される、人工的な特徴を持つ音響。そして、その音に重なって、別の要素も聞こえてくる。


複数の人影が動いているような気配。統制の取れた動作を示唆する、整然とした音のパターン。


カナデの心拍が速くなった。外界の変化が、予想よりも早く具体的な形となって現れている可能性がある。


「新たな段階に入ったようだ」


展望台から谷を見下ろすと、住民たちが日常の作業に従事している。まだ誰も、接近しつつある変化に気づいていない。この平穏な朝の時間が、どの程度継続するかは不明だった。


カナデは展望台を降り、急いで集会所に戻った。新たな状況の変化に対応するため、準備を整える必要があった。


谷の今後は、これからの判断と行動の質にかかっている。

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