1.牛タン泥棒と不味い棒
お腹が大きく出て、太い胴体、首が短く、
頭に一対の角が生えている。
牛の特徴を持った人間、
美濃毅は、その立派なお腹を一叩き
すると、蕎麦屋に入る。
アイドル候補生の弓泉は、
美濃毅の隣の席に足を組んで座り、
天ざるを注文した。
美濃毅は、かつ丼、山芋麦ご飯、天丼を
店員に注文すると、セルフの味噌汁を三人前
を無言で持ってくる。
店員は、美濃毅の容姿を一瞥する、
視線が、だらしないお腹に吸い寄せられ、
米俵のようなその塊に、
ほんの数秒の無音が訪れた。
蕎麦屋で、何で蕎麦を頼まないんだ!
という野暮なことを言うのは、止めておこう。
美濃毅は、料理が一通り並ぶと、丁寧にゆっくりと
手を付けていく。
その姿は、決して慌てず、確かに味わっている。
弓泉は、美濃毅のお腹を摘まんだり、
引っ張ったりしながら、海老の衣を外し、
中身だけを食べていた。
「そんな米ばかり食べるから、太るんじゃないの?」
美濃毅の箸が、ピタッと止まる。
しかしすぐにもぐもぐタイムが再開された。
「米の味がわからないとは、お子ちゃまだな」
と、美濃毅は、鼻で笑う。
弓泉は、天丼の海老の中身だけ抜き去り、
けらけら笑いながら、モグモグと食べる。
「あーーっ、俺の海老を食いやがった。
何てことしやがる!!」
プルプル震える赤い肉の塊に、
弓泉は、どこ吹く風と、
マイペースにざる蕎麦を啜る。
「この蕎麦、美味しいー、モチモチつるつるする!」
美濃毅は、深く息を吐き出し、
海老のない天丼に汁をかける。
弓泉は、手を合わせ「ごちそうさま」すると、
髪のない美濃毅の頭に、ちゅっと軽くキスをした。
「先に行ってるね。牛くん」
空になった天丼の、お椀を眺める。
なんという無情、旨かっただけに悲しい。
「ごちそうさま……ガラッ、ピシャッ」
食べ終わると、そのまま引戸を開け、
出ていった美濃毅。
店員たちには、一瞬の間の後、
大慌てで、牛人間を追う。
しかし店の外には、影も形もない。
「………女の子と牛の食い逃げンゴ、警察を呼べー!!」
それは、奈良県桜井市、某蕎麦屋の出来事であった。
「牛くん、逃げれたかな?(笑)」
その頃、弓泉は、近くのスーパーで、
駄菓子を大人買いしていた。
スーパーから出ると、待ち伏せしていた美濃毅から、
頭をポカリと叩かれて、涙目の弓泉。
弓泉は、そのまま駄菓子を奪われ、
美濃毅を追いかける。
「くそ牛タン返せ、私の駄菓子~(泣)」
美濃毅は、袋を漁り、不味い棒を
むしゃむしゃ。
「まずっ」
「私の不味い棒を食べるな~(怒)」