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4-3 ユーリクの弟の話



 そうそう、そんなこともありましたねえ。


 いまの私だったらどうでしょう。ジャレオンさまに同じことを言われたとき、同じことをしたでしょうか。王子殿下をぶつなんて思いかえすだけでも肝が冷えます。


 あのあと、私に咎がなかったのが不思議ではありましたが。


 あなたのお父さま──そしてリトナーク王国の慣習に疑問を持っていたのはあなただけではなかったということですね。


 側室の子ではありましたが、ジャレオンさま自身それに疑問を持っていた。けれど慣習の否定は自分とおかあさまへの否定に繋がる。その割りきれない気持ちが、あのときの私への攻撃となって表れたのでしょう。ジャレオンさまもそれを自覚していたから表沙汰にすることはなかった。


 あの日、ふたりで夜を織るようにあなたは幼いころの話をしてくださいました。


 あなたのおとうさまには四人の側室がいましたが、時に彼女たちはおかあさまをさしおいて社交界へでたり政治に口をだしたりしていました。おとうさまはそれを喜び、内向的で政が苦手なおかあさまは黙って見ているしかなかった。そして、あなたが四歳のときに心を病んで塔に引きこもるようになってしまった……。


 さすがのあなたのおとうさまもこれには心を痛めたのでしょう。ああ、そんな顔しないで。どうせ体面を気にしただけだなんて──ねえあなた、たとえほんとうのことでも口にしてはいけないことがあるのですよ。特に、ひとの心の内側のことは。


 とにかく、あなたのおとうさまはあなたのおかあさまが寝ついてしまったことに罪悪感を持った。それで側室が産んだジャレオンさまをあなたのおかあさまの子供としたのです。王妃殿下をたてたつもりだったのですね。


 でも、あなたのおかあさまには逆効果でしかなかった。


 ──きょうから、これもおまえの子だ


 そう言って産んでいない赤ん坊を見せられたとき。あなたのおかあさまの心のキャンパスはぼろぼろに引きさかれてしまったのです。


 ……なんできみにそこまでわかる? ソネリアさまと私は母と娘ですもの。たとえ義理であっても、娘にしかできない話はたくさんあります。


 仕方ないの。あなたにだけは、言えなかっただろうから……


 知らない赤ん坊を自分の子供にされて──それも当人の意思をたしかめることなく──、ソネリアさまはご自身のお体が打ちこわされたようなお気持ちになったそうです。自分は名前だけの王妃だ。妻としても女としても役に立たない。そう思いつめ、最後には自分の肉体の否定へと繋がっていった。


 だから、お見舞いにきたあなたに言ってしまったのです。


 私は子供など産んでいない。おかあさまなどと呼ばないで、と。


 大好きなおかあさまからの拒絶。それが、あなたのキャンパスにどれだけ黒く色を残したことか。


 あなたはそのとき愛情というものが信じられなくなった。同時に、夫婦を、この国の慣習を、実のおとうさまというものを憎むようになっていった。


 けれど王太子という立場から妻を迎えないわけにはいかない。けれど、ふつうの男が女を愛するように妻を愛することはできない。けれど、政略結婚だからと割りきって接するような器用なこともあなたにはできなくて……。


 たくさんの『けれど』の果てにでてきた言葉が、結婚式のときのあの科白だったのですね。


 私に愛されることを求めないでほしい──という。


 あれはあなたの精一杯の優しさだった。そうでしょう?


 ええ、すこしは傷つきましたわ。そんなこと正直に言わなくたっていいのにとも思いました。でも。


 それ以上にあなたはさびしそうだったから。

 私は、あなたのそばに寄りそわずにはいられなかったのです。


 かたちだけでよかった。かたちだけでも夫婦でいられたら、あなたがつらいときに寄りかかってもらうことができるから。ひとのぬくもりがほしくなったとき、私の体温をわけてあげることができるから。


 こっちへきて、ユーリク。

 日が翳ってきましたね。すこし、冷えたでしょう?


 ああ、ほんとうにあたたかい手。


 不思議ね。こうしてそばで見ると、あなたの手もきちんと年をとっているの。手のひらのしわもすこしずつ姿を変えている。


 私だけ、先に年をとってしまったみたいね。


 手のしわが増えて。髪から色が抜けてしまって。ねえ、見て、爪もぼろぼろになってしまって……。


 ──きれいなんかじゃない!


 きれいなんかじゃない。あなたはひとつずつ年をとるのに、私は一気に十歳も二十歳も年をとってしまった。


 写真を捨てて。ぜんぶ。私の写真をぜんぶ捨てて……!


 …………


 ……ユーリク。お願い。きょうはもう帰って。


 私を見ないでほしいの。


 私だけ。同じ道を寄りそって歩いていたはずなのに、私だけべつの道を歩いているみたいな……

 ちがう時間の流れに迷いこんでしまったみたいな……


 どうして? できないことがひとつずつ増えていく。かつて子供たちと駆けまわった庭をいまはこうして見ているだけ。あなたの手助けなしじゃ私はこの部屋をでることもできない。


 ねえ、あなたはどこにいるの? どうしてどんどん遠ざかってしまうの?


 ユーリクお願い。ここにいて。


 私をはなさないで。


 ひとりにしないで……お願い……。

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