2-3 初めてデートをした日の話
まったく、あのときの私はどうしてあんなに冷淡だったんだろうな。いま思うと不思議だ。
きみと侍女のアンニカ夫人たちが耕し、私が呼んだ学者たちが改良を行った土の上でメイデン・ベルは美しい花を咲かせた。それは心を閉ざしていた当時の私をも感嘆させてしまうほどに。
荒れた地を覆う薄桃色の花の絨毯。その間を歩くきみは、春を告げる女神のようにきれいだった。
あの日着ていたドレスの色までよく憶えているよ。花の刺繍をあしらったクリーム色のドレスにレースの白い日傘。シトリンのイヤリングもつけていたはずだ。自分がなにを着ていたかはなにも憶えていないのにな。
──きみが憶えている? そうか。黒のタキシードに緑色のネクタイ? 一応、デートというのを意識していたのかな。忘れてしまった。
……ほんとうだよ。
あの日は朝からずっと緊張していた? いや、そんなはずはない。あのときの私はまだきみへの恋心を自覚していなかったんだから。いつもどおりふつうにしていたはずだよ。
え?
緊張していたのは、きみ?
……これは一本取られたな。わかったよ、正直に認める。私は初めてのデートに緊張していた。
きみが……あの日、花を守るために飛びだしていったと聞いたときからだろうか。
それとも、大雨に打たれながら必死に花をかばっていたのを見たときからだろうか。
いつからだったのか正確にはわからないが、あの日からきみのそばには私がいなければならないと考えはじめたように思う。おっとりしているようで頑固なきみを私がそばで見ていなければ、と。
きみのことは私が守る。
そう決めたあとにデートに誘われたものだから緊張したんだな。きみがなにをしでかすかわからないから。
だってそうだろう? 考えてもみろ。私がきたからいいようなものの、あれ以上雨に打たれていたら肺炎になっていたぞ。ただでさえ体が弱いのに、きみときたら……。
……すまない、話をもどそう。
きみがいつもよりよく笑っていた日の話だな。あの日、宮殿へとやってきた私を出迎えてからずっときみは笑っていた。
日傘をくるくる回して。メイデン・ベルにそっと手のひらを添えて。春風の匂いを嗅いで。
そうして、『ねえ、あなた』と私を振りむいて言うんだ。
──きょうは晴れてよかったですね。
──見て。この子、花びらがほかの子よりも大きい。
──春の匂いがします。ほら、嗅いでみて。
そのあとは裏庭にテーブルとイスをだしてお茶会をしたな。かぼそい春の陽光が降りそそぐなか、王太子としての立場をうっかり忘れそうになるほどきみと他愛のない話をした。
きみと夫婦となってからも私はだれかと会ってばかりで、あんなふうにゆったりした時間を過ごしたのはあれが初めてだったと思う。夜は一緒に過ごしていたけれど、あの日までは義務的なものでしかなかったから。
そういえば、いつからきみは私を『あなた』と呼ぶようになったんだろう。あの日からかな。メイデン・ベルのことをきっかけに、すこしはきみに『夫』として認めてもらえたと思ってもよいのだろうか。
夫。私はきみにとっていい夫になれなかったな。
きみを守る。そう誓ったのに、病からは守ってあげられなかった。
いいんだ。ほんとうのことだから。私ではないべつの男がきみの夫になっていたら、あんなふうにきみを冷たくあしらうようなことはしなかっただろう。最初から大切にしていたはずだ。
私は、きみにとってけっしていい夫ではなかった。
いまさら後悔しても遅い。わかっているけれど。
それでもきみを愛している。
愛しているよ。マレリーナ。