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1 結婚式当日の話(Mallerina)



「マレリーナ……マレリーナ!」


 私を呼ぶあなたの声が聞こえます。


 返事をしなくちゃ。私はそう思うけれど、もうまぶたを開けることすらできません。


「マレリーナ。いかないでくれ」


 つめたいように見えてだれよりも誠実で、さびしがりやのあなたのことをおいていきたくない。なのに。


「病気を治して旅行にいくと約束したばかりじゃないか。

 きみはこれからも私と生きていくんだ。一緒に年をとって、他愛のないことで笑って、子供たちの成長をふたりで見守っていこう」


 ……ああ。そうできたら、どれだけよかったでしょう。


「まだいかないでくれ。マレリーナ。きみがいなくなったら、私は……」


 ユーリク。私を愛してくれた、私の大切な旦那さま。


 ねえ、あなた。


 私がいなくなったら、あなたはどうするのですか?



+++



「この結婚の目的は聞いていますね」

「はい」

「確認になりますが、両国の結びつきを深めることが目的です。ほかのことは求めないように」

「ほかのこと、というのは」


 私が尋ねかえすと、あなたはちょっと押しだまりました。

 その言葉を口にすることに抵抗があったのでしょうか。


 やがてあなたは答えます。


「私に愛されるようなこと、です」



 ──その年は海底で未知の生物がうごめいているかのような、はたまた長い間眠りについていた火山に再び血が流れはじめたかのような、そんな不穏な年でした。


 大きな理由はリトナーク王国の東にあるルグミアン帝国の動きです。前皇帝が崩御して直系の息子が後を継いだのですが、その子はまだ四歳にも満たない幼子でした。


 国は現皇帝派と、彼を引きずりおろして我が子を帝の座につかせたい前皇帝の寵姫派と真っ二つに分かれていて、現皇帝派はとても穏健で周辺国家とも友好的な関係を築いているのですが、寵姫派ははっきり言って過激で他国は常に搾取の対象としか見ていません。


 もしルグミアン帝国内のバランスが寵姫派に傾いたとき、周辺国家はすぐにでも手と手を取りあえるよう結びつきを強めることにしました。

 そのひとつが、リトナーク王国の第一王太子とストネル王国の王女の政略結婚。──私たちのことです。


 社交の場で顔を合わせてはいましたが、ちゃんと言葉を交わしたのはあれが初めてでしたね。はい。結婚式当日です。


 あの式には両国が深く結びついたことを周りにアピールする目的もありましたから、それは豪勢なものでした。


 城から大聖堂へのパレード。そのあとでルネリ教に則った結婚式。

『これからどのような困難が待ちうけていても、常に傍らにある愛を忘れず──』国民のために生きなさいと大司教さまは説教されましたが、そのとき、私の頭の中で響いているのはあなたが馬車で私にささやいた言葉でした。


 ──この結婚の目的は聞いていますね


 これはお互いの国のための結婚。そう念を押したあと、あなたは言ったのです。私に愛されるようなことは求めないように、と。


 ──なぜですか?


 とっさに私はそう聞きかえしていました。あなたは道端で手を振る民衆たちを静かな緑色の瞳で見つめながら、


 ──意味がないからです


 そう答えました。


『意味がない?……』

『人は愛などなくても夫婦になれる。私たちに求められているのはそのかたちだけです。中身はいらない。どのみち、中身の有無など周りにはわかりはしません』

『だから愛されることを求めるな、と?』

『時間の無駄ですから』


 お互いに、とあなたはつけくわえました。

 とてもつめたい言葉です。ですが、冷酷と言われるほど義務的に公務をこなしていると噂のあなたにとってはなにも特別ではなかったでしょう。


 銀髪に緑色の瞳。だれもがはっとするほどの端麗な容姿を持ちながら、親しい女性がいないことからあなたは女嫌いとまで言われていました。だから、つめたい言葉をかけられることは予想の範疇ではありましたが。


 淡々とそう言ったあなたの顔がさびしそうに見えたことは──私の予想外のできごとでした。


『……わかりました』


 ふつうだったら怒るべきだったのかもしれません。悲しむべきだったのかもしれません。たとえ本人たちの意思と関係のないところで結ばれた婚姻だったとしても、私たちは夫婦になったのですから。


 でも、私は──。


 腕がふれるくらいそばにいるのに、とても遠いところにいるようなあなたのことが気になって。()()()()を忘れてしまって。

 きょう一日ずっと変わらない無表情を見せているあなたの横顔に、微笑みかけてみたのです。


『かたちだけでかまいません。ふつつかものですがよろしくお願いします、旦那さま』


 意表を突かれたのでしょうか。あなたはちらっと私を見て、ああ、とまた目を正面にもどしてから答えました。


『よろしくお願いします、マレリーナ』

『敬語はいりませんわ。妻ですもの』

『……よろしく、マレリーナ』


 そのときのパレードを撮った写真があったでしょう? 探して持ってきてくださいな、あなた。


 ふふ。見るのがつらいからって壁から外して隠してしまったこと、私は知っていますよ。もうずっとベッドからでられていませんけれど、あなたのことならなんでもお見通しです。


 ……ああ、ありがとうございます。あなたも私も若いわねえ。


 見て、あなたのこの顔。

 これは仕事だから。王太子の責務だから、って顔してる。


 ほんとうはいやだったのでしょう?


 私を、妻にしたことが。

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