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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「逆回りの時計」

神崎明という男がいた。

50代手前、製薬会社の部長職に就いているエリート社員だ。

収入も地位も申し分ないが、彼の心の中は虚しさでいっぱいだった。


「こんなに働いても、時間だけが過ぎていくだけだ……」


若い頃は、世界を変えるような新薬を開発するという情熱に燃えていた。

だが、管理職になり、実際の研究から遠ざかるにつれ、彼の仕事は会議と書類の処理ばかりになった。


「俺の人生、このままでいいのか……」


そんなことを考えながら帰宅する途中、神崎は奇妙な屋台を見つけた。


それは、暗い路地の一角に佇む小さな屋台だった。

古びた木製の看板には、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


興味を引かれた神崎は、その屋台に近づいた。


奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。

その男は、神崎を見ると穏やかな微笑みを浮かべ、声をかけた。


「いらっしゃいませ、神崎さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「俺の名前を知っているのか?」


「もちろんです。そして、あなたが求めているものも分かっていますよ」


男――ドクトル・サジタリウスは、懐から奇妙な装置を取り出した。


それは、小さな時計のような形をしていた。

だが、普通の時計とは異なり、針が逆回りしている。


「これは『逆回りの時計』です」


「逆回りの時計?」


「ええ。この時計を使えば、あなたの人生の特定の時間を巻き戻すことができます。ただし、巻き戻した時間の間に起きたことは、すべてもう一度やり直さなければなりません」


神崎は興味を引かれた。


「本当に過去をやり直せるのか?」


「ええ。ただし、注意してください。過去をやり直すことで新たに得られるものもあれば、失うものもあります。それを受け入れる覚悟が必要です」


神崎はしばらく考え込んだ後、装置を購入した。


家に帰った神崎は、時計を手に取り、何度も眺めた。


「やり直したい過去なんて山ほどある……でも、どの瞬間を選ぶべきだろう?」


最初に思い浮かんだのは、大学時代だった。

彼が研究者としての道を選んだ原点だ。


「もしあの時、別の選択をしていたら……」


神崎は決心し、時計の針を大学時代まで巻き戻した。


次の瞬間、神崎は大学生の姿になっていた。

研究室の仲間たちと議論を交わしながら、若々しい情熱に満ちた日々を過ごし始めた。


だが、やがて彼は気づいた。

過去をやり直しても、結局、自分の性格や能力に引きずられるように同じ選択をしてしまうのだ。


「また同じ道に進むのか……」


今度は時計をさらに巻き戻し、高校時代の進路選択に戻った。

だが、それでも結局、似たような結末に至る自分を目の当たりにした。


何度も過去をやり直した神崎は、次第に疲弊していった。


「過去を変えたところで、俺の人生はどこかで同じように行き詰まるんじゃないのか?」


時計を手に再び考え込む神崎の頭に、ある考えがよぎった。


「そもそも、やり直すべきなのは過去じゃない。今この瞬間じゃないのか?」


翌日、神崎は会社に出勤すると、これまでとは違う態度を取ることにした。


会議では、事務的な意見だけでなく、自分の信念をもとに積極的に提案を行った。

部下たちにも、管理職として指示を出すだけでなく、彼らの成長を支える姿勢を意識するようになった。


「自分の行動次第で、未来は変わるかもしれない……」


数週間後、神崎は時計を見つめながら小さく呟いた。


「過去をやり直すより、今を変える方が、未来への近道かもしれないな」


時計の針は静かに逆回りを続けていたが、神崎はそれを使うことなく、引き出しにしまい込んだ。


サジタリウスは別の路地で新たな客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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