もしもあの日、あの子が来なかったら
少し刺激的な描写があるので苦手な人は注意してください。
家に帰って晩御飯を食べた後、部屋に閉じこもった。今日は母さんが調子がよかったようで料理を作ってくれた。父さんが亡くなってからのあの人は心身を病んでしまって未だに体調の優れない日が多い。一番酷かった時よりは遥かに良くなっているがそれでも週に四日程度しか動けなかった。 だから今は翼や私を含めた全員で家事を分散している。
あの後、翼は私を追いかけずに一時間ほど遅れて帰ってきた。会話はもちろん食事中も顔を合わせないようにしていたから私がしたことに対してどう思っているのかは分からない。知りたくもなかった。
ベッドに寝転んで目を閉じると帰り道での記憶が瞼の裏で再生される。照れくさそうに笑う横顔。硬くて逞しい腕の感触。私を雨で濡れさせまいと自分のことなんて構わずに傘をこちらに傾けてくれた気遣い。唇を交わした時の激しい鼓動。
思い出すだけで体が熱を帯びて、自分を抑えられなくなる。
「ふぅっ…んっ…あっ…はあっ…」
胸と下腹部の少し下にある繊細な部分を指で撫でて、摘まんで、弄ぶ。彼ならどんな風に触ってくれるのだろうか。もっと優しく撫でてくれるのだろうか。それとももっと強く求めてくれるのだろうか。そんな妄想が快楽と幸福感をますます強くさせた。
「んぅっ…ふっあっ…んっ…ああっ……!」
快楽の絶頂。それを通り越すと高揚感と熱が段々と薄れていき、取って代わるように罪悪感と不快感が押し寄せた。
「最低だ…」
隠すように枕に顔を押し当てながらそう口にした。誰も見ていないのに誰も聞いていないのだから意味なんてないのに。
分かっている。弟に恋をするなんて、あまつさえ欲望の対象にするなんて、異常で受け入れられないことだって。
「それでも───」
私は弟が、翼が好きだ。家族としてじゃなくて異性として。それを初めて自覚したのはいつだっただろうか。今よりずっと昔の、翼が小学生になるより前のことだったと思う。
ある雪の日、家族で近所の公園に遊びに行った時のことだった。どういう流れでそんなことになったかは覚えていない。けれど耳当てに手袋にマフラー、防寒具をたくさんつけた幼い日の彼が満面の笑みをしてそれを言ったことは鮮明に覚えている。
『大人になったら姉さんと結婚する!!』
弟にしてみれば幼いがゆえの勘違いのようなものだったのだろう。異性の家族に対してこういうことを言う幼児は少なくはないらしいし。私も父に対して似たようなことを言った覚えが薄っすらとある。
けれど私はそんなおままごとのような求婚が本気で嬉しくて、まともに顔を見られないくらいに照れてしまった。その様子を見ていた母は私が困っていると思ったのだろうか、それとも単なる常識を教えるつもりだったのか。『家族同士は結婚出来ないんだよ』と横から口を挟んだ。
それを聞いた翼は酷く落ち込んだ顔をしてそれっきり同じようなことは二度と口にしなくなった。表情にも言葉にも態度にも一切出さなかったが私はあの時、母のことを本気で憎いと思った。同時に私は自分が弟のことを明確に異性として意識していたことに気づいた。
成長していくにつれ肉親に恋愛感情を持つのはおかしいことで受け入れられないことだということを何度も思い知らされた。結婚は出来ないし、付き合ったというだけでも周りから白い目で見られるだろうということも十歳になるまでには理解していた。
それでも少し遅いだけでいつかは自分の中から弟に対する好意は消えると思っていた。ちゃんと家族として見れるように、クラスの女の子達と同じように他人を好きになれるって。
けれど思春期になっても恋心はいつまで経っても消えず、それどころか欲しいという気持ちはますます強くなっていった。そして私と翼が溺れて父さんが死んだあの日、思いは揺るがないものになってしまった。
翼は海で溺れ死にそうになった私を助けてくれた、おかしくなった母が翼を殺そうとした時は私が助けた。大人がいなくなった家を二人で切り盛りした。未来に何も希望を持てないような真っ暗闇のような時間の中だったけれど、恋なんかよりずっと強い絆で結ばれたのだと、心の奥底では喜びも感じていた。
けれど、そんな生活も長くは続かなかった。 あの子がやってきたから。