《付与者》の実力
『迷宮主』、ダンジョンの最奥に座す強大な魔物。
ダンジョン内においてその影響力は絶大であり、迷宮内から魔物が溢れ周辺の町や村を襲う現象、『魔獣暴走』を引き起こす元凶だとも言われている。
そのため冒険者ギルドは『迷宮主』の討伐に対して多額の賞金をかけており、賞金目当てに集まった実力者によって大抵のダンジョンは速やかに踏破される。
……しかし、それには例外もある。
この『伏魔殿』というダンジョンもその例外の一つで、出現してから数十年間、『迷宮主』が討伐されていない。
そのため、このダンジョンはこれまで何度も『魔獣暴走』を引き起こしてきた。
冒険者や国の兵士が攻略を試みたこともあったが、全て返り討ちにあっているらしい。
「いやいや、『迷宮主』の討伐なんて無茶だろ! 上層に繋がる階段を見つける方が安全……」
「いやまあ、普通はそうなんですけどね……残念なことにこの階層には、引き返すための階段なんて親切なものは用意されてないみたいなんですよ。脱出するためには『迷宮主』を倒すしか方法はありません」
ミミックの部屋から出て早々に、俺は衝撃の事実を宣告された。
もしそれが本当なら、これまで考えていた脱出プランが根底から覆されることになる。
実際のところプランと言えるほどの作戦があったわけではないが、それでも階段を探すことと迷宮主の討伐とでは訳が違う。
確かに、『迷宮主』を倒せば地上へ繋がる転移陣が現れるという話は聞いたことがある。
しかし、今その選択肢を選ぶというのは、あまりにもリスクが大きいように思えた。
「どうして階段が無いって言い切れるんだ?」
「実はですね…………私、別に最下層を探索しようと思ってここまできたわけじゃないんですよ」
「そりゃそうだな」
どんなトラップがあるのかわからない未知の階層に、わざわざ単身で突撃するような輩はそうそういない。
いるとすればよほどの実力者、もしくはただの馬鹿、そのどちらかだ。
「ちょっと様子を見て帰るつもりで階段を降りたんですが……振り返ったときには、私が降りてきた階段が消えてたんです!」
「階段が消えた?」
「そうなんですよ! 他の階段も探しましたが、ぜっんぜん見つからないですし……まあ、他の階層にある『トラップが仕掛けられてたり、通路が変化したり』みたいなギミックがこの階層に無いっぽいのは幸いでしたが」
エミルが嘘を言っている、というわけではなさそうだ。
ということは、ここから脱出するには『迷宮主』を打倒しなければならないということか……
俺は、ちらりとエミルを見た。
美しい銀髪を揺らし、真剣な表情をしている。
どう見ても、あまり強そうには見えないのだが……。
視線を感じたのか、エミルがこちらを見る。
目が合った。
「な、なんですか? そんなに見つめられると恥ずかしいのですが……」
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだ」
「考え事って……もしかしてあれですか! 私の実力を信じられないとかそういうヤツでしょう!」
「……いや、そんなこと――」
そのとき、少し遠くでゴブリンが数匹歩いていることに気がついた。
肌が黒く、それに加えて角が生えている。
おそらくこのダンジョンの固有種だろう。
「ちょうどいいところに魔物が現れましたね! ちょっと見ていてください!」
エミルはそう言うと、ゴブリンの集団に向かって一歩踏み出した。
止めるべきかとも思ったが、本人が大丈夫だと言っている以上は成り行きを見守るべきだろう。
例の錆びついた剣を構えたエミルは、剣を少し自分の方へ近づけると、その刀身に指を滑らせ、口を開いた。
「私のユニークスキル『付与者』の力、お見せしますよ! 『付与:極炎』!」
その瞬間、エミルの持つ剣が炎を纏った。
空気が揺らめくほどの熱量を放つ剣を握りしめたエミルは、そのままゴブリンへ斬りかかる。
『グギッ!?』
突然の出来事に驚くゴブリン達だったが状況を把握したようで、慌てて武器を構える。
「無駄です!」
しかしエミルが放った斬撃は、相手が持つ武器もろともゴブリンを切り裂いた。
とても、錆びた剣からは考えられない切れ味だ。
その後もエミルは流れるようにゴブリン達を切り捨てる。
「はぁ!」
切れ味だけではない。
エミル自身も、かなり剣を上手く扱っている。
正直『剣術』のスキルを持っていたバルゴスよりも、こちらのほうがよっぽど強いのではないだろうか。
そう思うほど、巧みで無駄のない動きだった。
――最後の一匹となったゴブリンがエミルへ飛びかかる。
だが彼女は慌てた素振りを見せることなく攻撃を回避すると、ゴブリンの額に手を当て、呟いた。
「『付与:邪毒』!」
触れた部分が一瞬光を放ち、ゴブリンはその場に倒れこんだ。
起き上がる様子は見られない。
「すごいな……」
少女とは思えないほどの強さだ。
正直、Aランク冒険者だというのも半信半疑だったが、これを見せられては信じるしかない。
「ロイスさーん!」
戦闘を終えたエミルは意気揚々とこちらへ近づいてくると、そのまま俺の手をガシッと握りしめ、得意げな表情を浮かべた。
「見ましたか! 見ましたよね! どうですか、私の実力は!」
「いや、凄かったよ。正直、エミルのことを見くびっていた」
「ふへへ……そうでしょう、そうでしょう!」
にへらとした笑みを浮かべたエミルを見て、もし妹がいたらこんな感じなのかなぁ、となんとなく思った。
実際には妹どころか兄弟すらいないので完全に理想像なのだが、そんなことを考えることができるくらいには余裕が出てきたということだろう。
「ロイスさんには助けてもらった恩がありますからね! この私にできることなら、何でもやりますよ!」
エミルは腰に手を当てて、張り切った様子でむふんと息を吐いた。
先ほどの戦いを見た後だと、なんとも頼もしい限りだ。
「早速、出発しちゃいますか!」
「そうだな……とりあえずは……」
「とりあえず?」
「……作戦会議だな。お互いの実力を改めて把握して、最適な戦い方を考えておこう」
完全に出発する気満々だったエミルだが、俺の言葉を受けて足を止めた。
「作戦会議……ですか?」
「ああ、打ち合わせも無しに突っ走るのは、さすがに危険だ」
二人でダンジョンを進むとなれば、連携は必須だろう。
そして他人と連携をとるには、お互いに相手の能力を把握しておかなければならない。
バルゴスのいたパーティーでは、各々が他人に配慮することなく、やりたいように動いていた。
そのせいでフレンドリーファイアが日常茶飯事だった上に、そのミスを次に活かすということも一切しなかった。
俺の身近にわかりやすい反面教師がいたおかげで、連携の重要性は嫌というほど理解している。
「それは確かに……」
「安全確保は大事だからな。俺は死にたくはないし、もちろんエミルも同じだ。できることなら、二人で無事に脱出したい」
「え? そ、そうですか……」
エミルは、少し驚いた様子でこちらを見た。
「どうかしたか?」
「いえ、ちょっと意外といいますか……私の知ってる冒険者の人って、もっとこう『他人を蹴落としてでも這い上がってやるぜ!』みたいな人ばっかりだったので……」
「あぁ……」
それを聞いて、再びバルゴス達の顔が頭に浮かんだ。
実際そういう人間もいるにはいるが、おそらく少数派だろう。
というか、さすがにそうであって欲しい。
「あれです。ロイスさんっていい人ですよね!」
「そんなこと初めて言われたな……普通だよ、普通」
「そうですか?」
「そうそう。それよりも、一度お互いのできることを――」
そのとき、地面がズシンと揺れた。
「確か、この揺れは……」
その場でじっとしている間にも、その揺れは徐々に大きく、小刻みになっていく。
以前も感じた覚えのある振動を受け、俺はエミルをかばうように前へ出た。