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少女との邂逅

 この世界において、見た目はそこまで重要ではないと主張する人がいる。

 見た目というより正確には外見年齢のことなのだが、見た目といった方が聞こえがいいのかもしれない。



 ……当然の話だが、生物がその見た目以上の力を出すことは不可能だ。

 例えば、巨大な熊が子犬に力負けするなんてことは、よっぽど特殊な条件をつけない限りあり得ない。

 野生の動物からダンジョンの魔物まで、基本的にはそのルールに(のっと)っている。



 しかし、それには例外もある。

 その最たる例が人間だ。



 スキル。

 その中でも、身体強化系のスキルを持っている者は見た目以上の力を発揮することができる。


 いや、スキルに限った話ではない。

 魔道具と呼ばれるアイテムや、一部の魔法使いが扱う強化魔法といったものでも、身体能力の底上げは可能だ。

 俺は見たことがないが、幼女にバフを盛りまくって力を披露するというパフォーマンスが存在するという話も聞いたことがあった。


 つまり見た目が少女でも、パワーは成人男性以上という人間も存在するということだ。



 『だから、他人が弱そうに見えたとしてもそれを馬鹿にするな』という主張をしていたのは、たしか酒場で絡まれていたヒョロガリの男性だったか。

 その直後に、『ごちゃごちゃうるせぇ!』と殴り飛ばされていたのが衝撃的だったので今でも覚えている。



 確かに、その主張自体は理解できなくもない。

 

 しかし身体強化のスキルは、ユニークスキルほどではないが結構貴重だ。

 魔道具や強化魔法についても、わざわざ弱いヤツに使うより、最初からある程度は強い相手に使った方が効果的なのは間違いない。



 ……要するに、人は見た目で判断できないと思うかもしれないが、実際にはそんなことない、という話だ。

 大抵の人間は、見た目そのままの力しか持っていない。



 なぜそんなことを今考えているのかというと、ダンジョン最下層で少女に出会うのが完全に異常事態だということを、自分の中で再認識するためだった。





「いや、ほっんとに助かりました! 絶対死んだと思いましたよ……」


 目を輝かせ、こちらの手を掴んでブンブンと振る銀髪の少女。

 どうやら彼女の名前はエミルというらしい。



 彼女を最初に見たときは、なぜ少女がここに?という疑問が頭を埋め尽くした。

 ひょっとしたら魔物が擬態しているのかもしれない、とも考えたが、こうして意志疎通がとれていることを考慮すると、彼女は普通の人間なのだろう。


 そう『普通』の人間だ。

 耳が尖っていたり、角が生えていたりという亜人種の特徴は持ち合わせていない。

 正真正銘、人間の少女だった。



 俺は多少混乱しながらも、彼女から軽く話を聞いた。

 (いわ)く、ダンジョンの探索中にまんまとミミックに引っ掛かり死を覚悟したところまでは覚えているが、それ以降の記憶は無いのだという。



 おそらく、彼女は一度ミミックに取り込まれた。

 そして、そのすぐ後に俺が宝箱を発見した、ということだろう。



 俺がミミックを討伐するのが少し遅れていれば、彼女を助け出すことはできなかったかもしれない。

 そう考えると、俺がミミックと遭遇してしまったことも、それほど不幸ではなかったように思えた。



「とにかく、君を助けられて良かったよ。それにしても、どうして君みたいな女の子がこのダンジョンに?」



 この『伏魔殿』というダンジョンはただでさえ高ランクのダンジョンだ。

 そんな場所、しかも最下層に少女がいた、ということが、にわかに信じられなかった。



 俺の質問を聞いた少女は、ニヤリという擬音がぴったり当てはまるような笑みを浮かべながら、あまり有るとはいえない胸を張って答えた。


「ふっふっふ。私はこう見えても、Aランク冒険者なんですよ! 『付与者(エンチャンター)』のエミルって聞いたことありませんか?」

付与者(エンチャンター)……」



 少女は知っているのが当然とばかりに堂々とした態度だが、残念ながら俺は聞いたことがなかった。

 どこかで聞いたような気がしないでもないが、いくら考えても思い出せない。



「聞いたことないな……」

「なんですと!? もしかして、私ってそんなに有名じゃない……?」


 先ほどまでの自信に満ちた表情から一転して、世界の終わりのような絶望的な表情になるエミル。


 ……なんというか、表情豊かな子だなぁ。


「で、ですが、Aランク冒険者だというのは本当ですよ!」

「……ああ。大丈夫、わかってるよ」

「あ! その顔はあんまり信じてませんね! マジですからね! その証拠に、この愛剣……」


 エミルはそう言って腰の辺りに手を伸ばすが、途中で硬直すると、その顔が見る見るうちに青ざめていく。

 どうしたのかと不安に思い、俺は思わず声をかけた。


「ど、どうかしたのか?」

「な、無いんですよ……私の愛剣が……」


 膝から崩れ落ちてうなだれるエミルがあまりに不憫だったので、俺はミミックの残骸を少し漁ってみる。

 すると中から、古びた剣のような物が出てきた。

 ……が、施された精巧な装飾はひび割れ、刀身は所々錆びついてしまっている。


「えーと……愛剣って、もしかしてこれのこと?」

「多分、おそらく、信じがたいですがそれが私の愛剣です……うぅ……こんなに変わり果てて……」



 ――完全に推測だが、ミミックに取り込まれていたエミルが無事だったのは、本来吸われるはずだったエミルの魔力をあの剣が肩代わりしていたからなのではないだろうか。


 その証拠に今の剣からは、本来持っていたと思われる魔力が微塵も感じられなくなっていた。



「めちゃくちゃ高かったのに……しかも、持ってきてた荷物も全部なくなってますし……もうおしまいです……きっと私はここで一生を終えるんですよ……」

「えーと……元気出して。ほら、あんまり頼りにならないかもしれないけど俺も冒険者だしさ。協力してここから脱出しよう」


 うなだれるを通り越して地面と一体化しそうな体勢になっているエミルを励まそうと、俺はできる限り前向きな言葉をかけ続ける。



 実のところ、他の人間と出会えたことはとても嬉しい。

 それこそ、人の目がなかったら小躍りしそうになるくらいには喜ばしいことだった。


 あまり意識しないようにしていたが、帰れるかもわからないダンジョンで一人きりというのはかなり心細い。

 唯一聞くことができた他者の声は『選択者(セレクター)』しかない上に、その声は一方的に話しかけてくるだけだ。

 コミュニケーションなんて、あったものではなかった。



 そんな中、少しの間だがエミルと話したことで胸が軽くなったのは事実だ。

 それに、少女をこんなところに置いていくわけにもいかない。


「ロ、ロイスさん……」

「一人より、二人でいる方が安全だからな。この剣も……ほら、ちょっと錆びてるけど、まだ使えそうだしさ。大丈夫、まだここから出られないって決まったわけじゃないよ」

「うぅ、ロイスさんの優しさが胸に染みます……」


 よろよろと立ち上がったエミルは俺から剣を受けとると、再び俺の手をがっちりと握ってきた。


「……そうですよね! まだ出られないと決まったわけではありません!」


 すっかり元気を取り戻した様子のエミルはそう言うと剣を掲げ、さらに言葉を続けた。


「ロイスさん! 私と一緒に、このダンジョンの『迷宮主』を討伐しましょう!」

「迷宮主だって!?」


 予想外の申し出に、俺は驚くことしかできなかった。

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