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迷宮の悪意

「ふぅ……」


 本日四匹目のハイ・イビルウルフを倒した俺は、岩陰に隠れて休息をとっていた。



 運がいいことに、出会った魔物は今のところハイ・イビルウルフだけだ。

 最初に戦ったときと同じように戦っていれば、少なくとも現状で負ける相手ではない。


 だが、このまま何の成果も得られなければ、脱出なんて夢のまた夢だ。



 多少の焦りを抱きつつも周囲を観察していると、視界の端に何かの光がちらついた。

 茶一色のダンジョンで光る別色の輝き。

 それは、近くにある岩の裏から発せられていた。


「普段なら、絶対見に行ったりしないけど……」


 変化のなかったダンジョン探索で、始めての変化だ。

 もしかしたら上層に繋がる階段、そうでなかったとしても、ここから脱出する手がかりかもしれない。

 もちろん、ただ単に発光する魔物という可能性もあるが、現状を考えれば多少のリスクは許容するべきだろう。


「そうと決まれば早速……」


 俺は腰を低くした体勢のまま、なるべく音を立てずに移動して光の方へ近づくと、そのまま光の発生源を覗き込んだ。


「通路だな……」



 岩の裏側には、ギリギリ人が一人通れるくらいの狭い通路があった。

 どうやら光はこの先から放たれているようだ。

 油断することなく慎重に、奥へ向かって歩みを進める。

 身を屈めながらなんとか通路を抜けると、小部屋のような場所へ繋がっていた。


 その中央で輝きを放っていた物体は、豪華な装飾が施された箱だった。


「おお! 宝箱か!」



 ダンジョンでごく稀に見つかる宝箱には、様々なマジックアイテムが入っている。

 特に、高ランクダンジョンに設置されている宝箱からは、現在の技術では作ることが不可能なアーティファクトや伝説級の武器が出てくることも珍しくない。


 地獄のような状況でようやく見つかった希望だ。

 中にあるアイテム次第では、この状況を打開することができるかもしれない。


 俺は、はやる気持ちを抑えながら宝箱へ近づいていった。



「……いや、ちょっと待てよ」


 宝箱まであと1メートル、といったところで、俺の脳裏にある可能性がよぎった。



 ただでさえ見つかることの少ない宝箱、そこから更に低確率で仕掛けられている迷宮の悪意。

 ほとんど起こることはないはずだ。

 可能性としても、0.1%にも満たないだろう。

 だが、一度抱いた不安は徐々に膨れ上がり、なかなか消えてくれない。



「あり得ないと思うけど、一応だ。念のため確認はしておこう」


 俺は足を止め、宝箱へ向かって『ウィンドスラッシュ』を放った。



『グギャァ!!!』


 ……嫌な予感というものはことごとく当たるもので、案の定というべきか、俺の予想は的中してしまった。

 魔法が宝箱に触れた瞬間、宝箱がひとりでに開き、中からスライムのように不定形の生物が飛び出してきた。


「よりによって、このタイミングでミミックか……本当についてないな……」


 ミミックは、宝箱に擬態している魔物だ。

 冒険者なら一度は聞いたことがあるくらいには有名な魔物なのだが出現することは極めて稀で、その被害も1年に1件出るかどうか、というレベルだ。



 ただでさえ危機的状況なのに、さらに追い討ちをかけるように出現したミミックに対して、理不尽だと思いながらも怒りを抱かずにはいられなかった。


「『ウィンドアロー』!」


 俺は、ミミックがこちらに向けて伸ばす無数の触手を迎撃する。

 部屋を埋め尽くさんとばかりに触手の数が増えていくが、構わずに全ての触手を風の矢で撃ち続けた。



 ……攻撃に対処しながらミミックの様子を観察をしていて、一つ分かったことがある。

 どうやらミミックという魔物は、宝箱が設置されている地点から移動することができないらしい。

 箱から飛び出したスライム状の身体は自由に動いているが、その根元にあたる部分は箱の中にすっぽり収まっていた。


 箱の内側がどうなっているのか少し気になるが、うねうねとのたうつ粘性生物に近づく勇気はさすがに持ち合わせていない。


「油断して宝箱に近づいてたら危なかったな……」


 なにも考えずに近づいていたら、頭からパクリと飲み込まれていたことだろう。

 ゼロ距離からの不意打ちにはさすがに対処できない。

 まさに、危機一髪といった感じだった。



 それなりに余裕を持ったまま魔法を連発していると、徐々にミミックの動きが遅くなっていく。

 いかに魔物といえど、体力の限界が近いようだ。


 ……改めて考えるとこのミミックは、上の階層に出現する魔物と比べてもかなり強い気がする。

 ハイ・イビルウルフばかり相手にしていたせいで感覚が麻痺していたが、こいつも以前の俺なら絶対に勝てない相手だったのだろう。


「そろそろ決めるか! 『ストームスフィア』!」


 俺は、先ほどから連打していた魔法とは別の魔法を放つ。


 暴風を振り撒く魔力の球は宝箱へ吸い寄せられるように命中すると、その魔力を炸裂させた。

 宝箱は砕け散り、外気に晒されたミミックの本体は、糸が切れたように脱力して地面に溶け広がった。



【『ミミックを一体討伐する』の達成報酬として、スキルポイントが100付与されました】



 討伐の達成を告げる声が脳内に響くが、俺は警戒を解くことなくミミックのいた場所に視線を向けていた。



 ――ミミック特有の性質は主に二つある。

 一つは宝箱に擬態すること。

 これは誰でも知っていることだが、今重要なのはもう一つの方だ。


 触れた生物や武器、マジックアイテムを体内に取り込み、少しずつ魔力を吸収する、という性質。


 以前聞いた話によると、ミミックの体内はあらゆる活動を停止させる特殊な空間になっているらしい。

 実質的な時間停止だ。


 普通なら為すすべもなく魔力を吸われてお陀仏だが、そうならないケースもある。

 獲物を体内に吸収した後、すぐに討伐された場合だ。

 そうなると、ミミックが体内に取り込んでいたものは、そのまま外に放り出されてしまう。


 そして、ミミックが取り込むものが冒険者や道具だけとは限らない。



「これで魔物とか出てきたら、さすがに泣くぞ……」


 念のためミミックの残骸に注意を払っていると、その中心で動く影に気がついた。

 また嫌な予感が当たったのか、と思いながら剣を構えるが、なにやら様子が変だ。



 その影はしばらく周囲をキョロキョロと見回すと、絞り出すように声を出した。



「あ、あれ? 私、生きてます!?」



 そこにいたのは、戸惑った表情で座り込む、銀髪の少女だった。

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