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バルゴス、没落の兆候

 薄暗いダンジョンを進む一団――バルゴス達の間には、険悪な空気が流れていた。


 何度目になるかわからない行き止まりに到達し、ため息をついたベレニアは手に持った地図と時計を交互に見比べる。

 その間バルゴスは魔物の警戒をするが、浮かぶ表情からは苛立ちがありありと見て取れた。


「……おい、いつまで地図なんか見てんだよ!」


「うるさいわね! 仕方ないでしょ、この地図、なんかごちゃごちゃ書いてあってわかりにくいのよ!」


 ベレニアが見ている地図は、このダンジョンに潜る前にロイスが調達したものだ。

 下の階層に進んでいるときはロイスが地図を読んで案内していたが、彼なき今は、他の誰かがその役を務めなければならなかった。


「なに言ってんだ! ロイスが加入する前は、お前が地図を読む役割だっただろ!」

「そうですよ。もしかして、ずっとロイスに任せていたせいで地図すら読めなくなったんですか?」


 浴びせられる罵声を無視しながら、ベレニアは苦虫を噛み潰したような顔で地図と格闘を続けていた。


 実際のところ、ベレニアが地図を読めなくなった、という訳ではない。

 だが、一般的なダンジョンと比べて、高難易度ダンジョンでは必要になる情報量が桁違いに多くなる。


 今ベレニアが読んでいる地図には、時間帯によって場所が変化するトラップや通路、出現率の高い魔物などの情報が事細かに記されていた。

 この情報から安全かつ最短のルートを見つけるとなると、移動にかかる時間や、通路が変化するパターンを全て把握しなければならない。


 これまで全ての雑事をロイスに押し付けてきたバルゴス達が到底できるような事ではなかった。


「クソッ! アイツを始末したら、さっさとこんなダンジョン出るつもりだったのに! ……ベレニア、まだ道はわからねぇのか!」

「そんなに言うなら、バルゴスが地図を読めばいいじゃない! そもそも、ロイスを追放しようって言い出したのはバルゴスでしょ! そんなに早くダンジョンから出たいなら、少しくらい手伝いなさいよ!」

「ロイスの追放にはお前も賛成してただろうが! 人のせいにしてんじゃねぇ!」


 そのとき、バルゴスの怒鳴り声を聞きつけた魔物が通路の奥から現れた。

 B級下位の魔物である『レッサーデーモン』だ。

 バルゴスは顔をしかめながらも、仲間に警戒を促す。


「おい、魔物だぞ! ベレニア、早く魔法を使いやがれ!」

「いちいち命令しないで! 『ウィンドスラッシュ』!」


 ベレニアが放った風の刃は、しかし威力が足りずレッサーデーモンの体表をわずかに傷つけるにとどまった。

 だが、それでも多少の足止めには成功した。

 その間に敵に接近したバルゴスは、腰から抜いた剣を横薙ぎに振るう。


「チッ!」


 しかしその一撃は、レッサーデーモンの持つ鋭い爪によって防がれてしまった。

 バルゴスは舌打ちをして再び斬りかかるが、なかなか決定打を与えることができない。


「クソッ! しぶといな!」


 ガンガンと何度も剣を打ち付けるも、レッサーデーモンにダメージを与えることはおろか、体勢を崩すことすらできなかった。

 完全に、力負けしている。


(『剣術(ブレードアーツ)』のスキルを持ってる俺が、どうしてこんな雑魚相手に手こずってんだ!?)


 本人は気づいていないが『剣術(ブレードアーツ)』というスキルに身体強化の効果は含まれていない。

 あくまでも、剣の技量が最低限向上するだけだ。


 ダンジョン外に出現する魔物に対してはスキルでごり押しすることもできたが、高難易度ダンジョンの魔物には通用しない。


 少なくとも鍛練さえしていればそれなりに戦えたはずなのだが、自分が戦闘系スキルを持っていることにあぐらをかいていたバルゴスは全く鍛練をしていなかった。


 それでもAランク冒険者としてやってこれたのは、魔物と遭遇しないように適切な案内をしていたロイスのおかげなのだが、バルゴスがそれを理解していたはずもない。



「『フレイムスフィア』!」


 バルゴスの様子を見かねたベレニアが再度魔法を放つ。

 魔法はレッサーデーモンの顔に命中し、燃え盛る炎が相手の視界を奪った。


「これで終わりだ! オラァ!」


 その隙をついたバルゴスの攻撃によって、レッサーデーモンの首が斬り落とされる。



 ギリギリの戦いを終えて肩で息をするバルゴスだったが、少し息を整えると仲間達の方へ向かって足を進めた。


「まったく。こんな調子じゃ、いつ地上に戻れるかもわかりませんね」

「ぜぇ……はぁ…………うっせぇ、クソが! てめえはなんもしてねぇだろうが!」


 エイリスの呟きに対してバルゴスは、自分たちが騒いだせいで魔物が寄ってきた、ということも忘れて怒声をあげた。


「喚いても何も解決しませんよ。ベレニアが案内を始めるまでおとなしく待ちましょう。あの様子じゃ、いつになるかわかりませんけど」


 それを聞いていたベレニアは顔を上げて、エイリスを睨み付ける。

 そして、手に持っている地図と時計を彼女に向けて思い切り投げつけた。


「あんた、さっきから文句ばっかりじゃない! そんなに不満なら、あんたが地図を読みなさいよ!」

「なにを言っているんですか。私は皆を癒す聖職者ですよ。いざというときのために、力を温存して――」

「じゃあ、あんたが一番暇でしょ!」

「聖職者たるもの、そのような面倒……いえ、負担の大きい雑用は他の者に任せて、万全な状態で治癒に当たれるようにするべきです」

「お高くとまってんじゃないわよ、このカス虫が! 地図は渡したんだから、さっさと読みなさいよ!」

「ですから、それはあなたの役割でしょう!」


 (かしま)しい女二人の言い争いを聞きながら、バルゴスは一人考えていた。



 もしかして、ロイスを追放したのは失敗だったのではないか?

 現在の悲惨な状況を見て、ついそんなことを考えてしまう。



 確かにアイツは、戦闘では大して役に立っていなかった。

 しかし、それ以外のことに関しては優秀だったかもしれない。


 村の近くに現れた魔物を討伐する、という依頼を受けたとき、ロイスは速やかに馬車や携帯食の用意をしていた。


 ダンジョンに潜るとなれば、地図の準備、出現する魔物の調査、ダンジョン内部での案内、その全てをロイス一人でこなしていた。

 今、ベレニアとエイリスが押し付け合っている地図にしてもそうだ。

 ダンジョンに潜るときのロイスは、地図を少ししか見ていなかった。

 それで問題なく進むことができていたのだから、地図の内容をきちんと理解した上で案内をしていたのだろう。


 それに森や草原などの、細かい地図がない場所でロイスが言っていた『向こうは危ない』『こっちの方が安全だ』という発言も気にかかる。


 当時は、そんなことわかるわけない、目立ちたいだけだろう、と一蹴していたが、今になって思えばあれは本当のことを告げていたのではないだろうか。



「いや、そんなわけねぇ……」


 それでもバルゴスは認めない。

 いや、認めなくないのだ。


 今まで自分たちを助けていた人物が……

 自分が無能だといって追放した男だったなんて……



 バルゴスがどう考えたところで、このパーティーに大きく貢献していた人物がロイスであることは明らかなのだが、結局、彼がそれを認めることはできなかった。

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