明暗
目を開けると、そこは闇だった。自分が本当に目を開けているのか疑わしくなって、もう一度目を開けるために目を閉じたことで、そのことが既に証明されていることに気づいた。
なんでたってこんなに暗いのだろう? というか、ここはどこだ? ……こうも暗くちゃどうにもならない。
「どうしたんだい? こんな所で」
突然背後から声がして反射的に身構えるが、よく聞くとこの声は私の親友のものだ。
「お前……どうしてこんな所に? ってかここ、どこ?」
「さあ? それはきみの方がよく知ってると思うけど」
「はあ?」
さっぱりだ。状況がつかめない。
「ただ一つ確かなのはぼくはあのとき以来ずっとここにいるってこと」
「……あのとき?」
「ん? 忘れてるのか。ならいいんだけど」
「いいってお前なあ……っ……!? 誰かいる!?」
暗闇の中、もう一つ気配がした。……上?
「……さすがだな。いい勘をしている。それもまあ当然なのだが」
何か引っかかりを覚える。しかし、聞いたことのない声。
「誰だ!?」
しかし、気配はふっと消えた。
「今のは……何だったんだろうね?」
「知るか。……それよりか、ここがどこか知る必要がある。……しかし妙だな。目が全然慣れてこないぞ? お前は見えるか?」
「ううん。……でも、ここがどこかはわかる」
「本当か!? じゃあ、ここはどこなんだ?」
親友はなぜか溜め息をつく。……どこか疲れたような安堵のような複雑な溜め息。そして不安も含まれる。
「……できれば、きみ自身に思い出してほしいのだけれど」
? ……そういう親友の口調には苦いものが混じっているような……それでいて寂しげなような……複雑なものがない交ぜになっていた。……こいつ、こんな奴だったか? 私の知っているこいつは
「どこまでも真っ直ぐなのにとらえどころがなくて、最も近くて遠い存在だった」
!? さっきの声が私の思考をそのまま……
「けれど、いや、だからこそ彼を追い求めた。どうあったってこの距離が変わることなどないとわかっていた。でも求めずにはいられなかった。そうありたいと願わずにはいられなかった……」
これが親友に対する私の思い。しかし、この声は一体……
「だから、壊してしまいたかった!! いつの間にか築いてしまっていた親友という彼との関係をっ……だって、彼に憧れを抱いたままでは、彼を超えられない……」
「……お前、何を言って……?」
叫びは私の疑問を無視して続ける。
「……間違った、間違ってしまった……っ!! そう気づいたときにはもう全てが遅かった。全てが終わってしまっていたのだよ……彼の生命が止まっていた……彼を殺してしまっていたのだ……」
「間違い」? 「終わり」? 「殺した」……? 一体、こいつは何を喚いているんだ……?
突然、焦燥にも似た恐怖を感じた。疑問を口にしてはいけない。そう思った。だが、私の根本を占めた表現しがたい感情はやすやすと抑制能力を超越した。
「お前は誰だ!? 一体ここはどこなんだ!?」
それに答えたのは、親友だった。
「目を凝らして見てごらんよ、ほら」
親友が私に周囲を指し示した。……ん? 指し示す? おかしい、ここは暗闇で明かりもなければ何も見えないはず。
「彼は光だった……灯火だったのだ……唯一の」
「おい、これは──」
「まだわからないのかい? ここがどこか」
「わかるわけないだろう!? それにこの声の正体は──」
「でも、捨ててしまった。彼を殺してしまった。心の中で、ふっつりと何かが途切れた。……そこから思い出した。以前を。でも、どうでもよかった。光を消してしまったのだから、もうまっとうに生きることなど望めやしない……いっそ、狂気に身を任せてしまおう……そうしよう……そうしてしまおう……はは。……あはははははは! ははははははっ!! みんな、みんな死んでしまえっ!! 何よりもまず……」
「やめろっ……」
狂気へと変わった声は聞くにたえなかった。やめろ。なぜ狂気に……なぜ人を、人に死ねと? いやだ、やめろっ……
「ぐっ……!」
親友が狂気の見えない腕に絡めとられていた。
「やめろっやめろっっ!! なぜこいつを……殺すなっ!! やめないというのなら……お前なんかっ……」
親友が伸ばす手を取ろうとして、手はすれちがう。だめだっ……
「お前なんか、……消えてしまええっ!!」
すると、苦しんでいた親友は、突然表情を戻した。
「……なら、きみが消えないと。……よく見てみなよ」
え? と私が声を上げるのと同時に親友の体はとさりと落ち、束縛していた狂気の姿が現れる。
「何よりもまず、滅ぶべきは私……っ!!」
私はもう一人の私と、互いの胸を貫き合っていた。