何があっても君を
「すごい! 咲いたらこんなに綺麗なんだ!」
教会の庭には、道を作るように黄色い花が咲き乱れていた。
僕は、目の前の花たちに目を奪われ、駆ける。
これは、あの時種を埋めた花、あれは──
「いたい!」
視界の外から声が突き抜けた。
「え!? あ……大丈夫!?」
「う……痛いわ……」
僕を覗き込む青い瞳、その目には大粒の涙がみるみる溜まっていく。
教会中に聞こえそうな泣き声が、耳を貫く。
「ご、ごめんなさい!」
どうしたらいいか分からない、反射的に逃げ出してしまった。
急いでドアを閉め、外の様子を伺う。
まだ、あの子の声が聞こえる。
少しのぞき見る。
修道服を来た女性が、肩まで伸びた布をたなびかせて走る。
蹲る少女は、腰まで伸びた金髪で顔が覆われていた。
ごめんなさい、その一言しか言えなかった。
僕はなんで酷いやつなんだ。
後悔を胸に、扉を静かに閉めた。
★
次の日、また金髪の少女が来た。
昨日と同じ花を見ている、あの花が好きなのかな?
あの子に似合いそうな、黄色い花。
「ねえ!」
意を決して少女に声をかける。
金色の髪を耳にかけ、青い瞳がこちらを伺う。
大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「昨日は……逃げてごめんなさい」
少女は、少しむくれて口をとがらせる。
「別に……気にしてないわ」
「ほ、本当に?」
「本当よ!」
長い金髪を揺らしながら、そっぽを向いてしまった。
これは、だいぶ怒っているな。
「その花……好きなの?」
少女が見ている花を指さす。
「うん」
「じゃあ、それと同じ花あげるよ」
背後から隠していた、黄色い花束を差し出す。
「え……いいの!?」
少女の瞳が、花束を素早く捉える。
「もちろん! 僕からの気持ちだよ」
「あ、ありがとう」
花束の後ろから青い瞳で見つめられる。
胸が飛び上がりそうになる、一瞬目を逸らしてしまう。
「あなた、なんていう名前?」
「ユーリ」
「私は、ロレーナよ」
ユーリ、とつぶやくと、明るさが飛び出るような笑顔を浮かべる。
「また、ここにきてもいいかしら?」
「もちろん、来てほしいな」
じゃあね、そう言うと跳ねるように去っていった。
★
「ユーリ!」
振り返ると、柔らかく笑うロレーナと目が合う。
「ロレーナ」
僕も釣られて、目を細める。
少しロレーナの頬が赤くなっているような……気のせいかな。
「きょ、今日は、渡したい物があるの……」
「なに?」
「この前のお礼がしたくて」
後ろのポケットから、四角い箱を取り出した。手のひらの乗るくらい小さな物だ。
なんだろう?
「似合うかどうか分からないけど」
ロレーナの小さな手のひらが開く。
最初は、花だと思った。
手のひらで包めるくらい小さな花。
「髪飾りを作ったの、お母さんが男の子は髪飾りを着けないって言ってたけど……」
白く輝く純白の花、控え目な大きさだが確かな美しさがある。
「ありがとう! 着けてみてもいい?」
「私が着けてあげる!」
ロレーナが一歩近づいてくる、また胸が高鳴る。
「やっぱり、とても似合っているわ」
「あ、ありがとう」
心臓の鼓動が早くなる、妙にロレーナを意識してしまう。
「まだ、お話できるかしら」
目を伏せ、ぽつりとつぶやいた。
「もちろん」
「もう、ここには来れないかもしれないの」
言葉にならない苦しさが、胸に降りる。
「なんで?」
「これから、もっと忙しくなるわ。将来のために勉強して、そして……見知らぬ誰かと結婚しないといけないの」
「……」
「だから、今日でおしまいね」
「なら僕と! 僕と結婚しよう!」
ロレーナの瞳に、大粒の涙がたまっていく。
ぎゅっと、僕の手を握りまっすぐ見つめる。
「うん……うん! ぜったい……しようね」
「絶対……諦めないから!」
「待ってるよ……いつまでも」
僕たちは約束を交わした後、泣きながら別れた。
諦めない、絶対に。
★
「試合、開始!」
隊長の合図と同時に、踏み込み、剣を振るう。
重い甲冑を着て戦うのも慣れてきた。
「辞め!」
「ありがとうございました!」
それぞれ兜を脱ぎ、休憩に入る騎士たち。
俺も後に続くように兜を脱ぐ。
あれから2年が経った。
俺は、王国騎士になった。
まだまだ未熟だが、手ごだえはある。
ロレーナとはなかなか話す機会がない。
彼女もまた、名家の令嬢に相応しくなれるように努力しているらしい。
「みんな、話がある」
休憩室に着くなり、隊長が口を開く。
「最近、魔族の動きが活発になっている。明日偵察に向かうので準備をしておいてくれ」
「承知しました!」
休憩室全体が、引き締まるような感じがした。
魔族との戦闘は、長らく行われていなかった。
今は、魔王が不在らしく人間優勢らしい。
なにせ生まれる前の話なのでよく分からない。
今日は早めに寝よう
装備を綺麗に拭き、休憩室を後にした。
★
偵察が開始された。
俺のいる部隊は、10人程度と小規模だ。
ただの偵察任務なので、問題はないと思うが……。
魔法を使えるのは隊長のみ。俺たちは、付与魔法で剣を強化して戦うことしかできない。
隊長が緊急事態時の行動について何度も口にする。
「いいか! 俺たちでは勝てない魔物と対峙した場合、すぐに逃げるぞ!絶対に戦おうとしてはいけない!」
「承知しました!」
しばらく山間地帯を突き進んだ。
空が木々に覆われていく。
魔物の気配は全くないが……。
「このまま、隣街までいく! そこで休憩だ!」
ガサッ
緊張が走る。
腰にかけていた剣に手をかけ、構える。
「あ、あのー」
茂みから聞こえてきたのは、可愛いらしい女の子の声だった。
だが、隊長は剣を構えたまま茂みに近づく。
ゆっくり、静かに間合いを詰めてゆく。
「お嬢ちゃん、顔をみせてくれるかい」
「はい」
おずおずと顔を出した少女は、おびえながらこちらを見回す。
「ふう」
安堵した様子で、鞘に剣が収められる。
「迷子かな?それなら隣街──」
刹那、隊長の顔面が弾け消えた。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
言葉にするよりも先に、得体の知れない恐怖が全身をかけのぼる。
隊員の一人が即座に詰め寄る。
「貴様ア! 何をしたか分かっているのかッ!」
「おい! 戻れ!」
とっさに声を上げるが、隊員の勢いは上がっていく。
「容赦はしない! 死ね!」
俯き、立ち尽くす少女。
絶対に負ける事がないと確信している、強者の余裕を感じる。
待ってくれ……そいつは……人間じゃない。
少女に斬りかかろうとした瞬間、隊員の両腕が弾け飛んだ。
甲冑ごと塵と化して消えるその様は、異様だ。
勝ち目などあるわけがない。
「ッ……!」
声にならない叫び声を上げ、倒れこむ。
「ぐ……!」
「こいつら、王国の騎士団じゃないか。忌々しい。」
首が無くなった死体を、横目で見やる少女。
「退避! 退避!」
言われるまでもなく、全員土埃を上げながら逃げ出す。
少女は、追ってくる気配がない。なぜだ?
しばらく走り、異変に気づく。
誰も、付与魔法を使わなかった。いや、使えなかったんだ。
試しに、足に筋力増強の魔法をかける。
反応なし。
「おい、魔法使えるか!?」
「ダメだ! 先ほどからなぜか使えない!」
どうやら他の隊員も使えないらしい。
後方から、甲冑が地面に打たれるような音が響く。
振り返ると、隊員が数名地面に伏していた。
「おいどうした!」
「力が……出ない……俺のことは気にするな、先にいってくれ」
「でも……」
「もう立つことすらできない、もう長くないさ……」
「クソ!」
他の隊員は、すでに息がない。
とにかく王国に報告をしなければいけない。
「間に合ってくれ!」
すでに俺も魔法が使えない。
いつ倒れるか分からない、急がないと。
「はあ……はあ……」
まずい。手足が鉛のように重い。装備を脱いでみたがまるで変わらない。
歩くだけでも精一杯だ。
視界も霞み始め、前後感が無くなってきた。
今、どこにいるのかさえ分からない。
沈みゆく意識の中、ロレーナの顔が浮かぶ。
「すまない……迎えにゆくと約束したのに……」
ぷつりと、記憶が途切れた。
★
瞼の裏に、優しく光を感じる。
調味料の香ばしい匂いに、つられ目が覚める。
「はっ」
他の隊員はどうなった? ここはどこだ?
部屋の扉が、ゆっくりと開く。
その姿に、目を見開く。
頭には、山羊のような角、背中には鋭い翼。
まるで……悪魔じゃないか。
「やあ、お目覚めかい」
肩まで伸びた紫色の髪、切れ長の目が妖艶に輝く。
鞘に手をかけようとするが──、そこにあるはずの剣がない。
「待って待って、あたしは君と戦う気はないよ」
「え?」
「あたしが、君のこと助けたんだよ」
一体どういうことだ? 魔族が俺を?
「いやー、たまたま君のこと見つけてさ、すぐに流行り病だって気づいたよ」
「流行り病?」
「知らないのかい? 魔力が正常に機能しなくなる病だよ」
そんな物騒なものが流行っているのか……まさか。
「俺も……それにかかったってわけか」
王国でそんな噂は聞かなかったけどな……
「大変だったよー。君の魔力回路壊れてたから、交換しちゃったよ」
「は?」
「人間の魔力回路とかよく分からないし、魔族のものにしちゃった」
てへっと、舌を出して笑う悪魔。
掛け布団を跳ねのけ、鏡を覗き込む。
「まじか……」」
頭には、彼女と同じような角が生えていた。
山羊のような角。
「あたしとお揃いだね」
「はあ……」
ベットに戻り、そのまま掛け布団を被る。
「やっぱり、あのまま放置した方が良かったかい」
「それは……」
「私はカミン。しばらくここにいてもいいさ、ゆっくりしていきな。」
「ユーリ」
ぼそり、とつぶやく。
「よろしくね、ユーリ」
カミンは、そう言い残すと静かに部屋を出ていった。
改めて自分の姿と向き合う。
もう、人間ではなくなってしまった。
王国に戻って、騎士を続けるのは無理だ。
ロレーナは、この姿を見てなんて言うのかな。
俺は一体どうするべきなんだろう。
自身の髪に咲いた髪飾りを触る。
もう会えないのか?
いいや、何があっても迎えに行くんだ。待ってるさ、必ず。
★
「ロレーナ、具合はどうだ」
左足が少し沈み込む。お父さんの温もりが伝ってくる。
「まだ良くなる気配はなさそうね……」
元気だとアピールするために、笑顔を作ってみる。
上手くできなかった気がした。
「最近、王国にも流行り病が来てしまった。診てくれる医者を探しているがなかなか見つからないんだ。もう少しだけ待ってくれロレーナ」
「ええ、分かったわ。お父さん」
「すまない」
「気にしないで」
父は、笑ってみせてくれたがどこか弱々しさが残る笑顔だった。
「今まですまなかった、もっとロレーナがやりたい事を尊重してやるべきだったのかもしれない」
「急にどうしたのよ」
「……いや、なんでもない」
「余計気になるじゃない」
最近、父はずっと暗い顔をしている。
何かあったのだろうかしら。
「おやすみ、ロレーナ」
「おやすみ、お父さん」
ドアが静かに閉まる。
静寂が、耳につく。
少し寂しくなった私は、花瓶に目をやる。
花瓶には、黄色い花が何本か生けられている。
あの日、彼がくれた花だ。枯れてしまう度に、私が生け直している。
あれから、2年。まともに彼と会っていない。
今、何をしているのかしら。
短くため息をもらす。
「元気になったら、また二人で教会でも行きたいわね」
ベットから降り、丁寧に生けられた花に手を伸ばす。
脳裏に、教会の庭が浮かび上がる。
そして。ユーリと過ごした日々も。
思い出すだけで、胸が暖かく、締め付けられる。
会いたいなあ……
「お嬢様、夕食の時間でございます」
「今行くわ」
少しだけ、足取りが重い。倦怠感と言うほどでもないのだけれど……
「ごめんなさい、先に行って頂いて大丈夫よ」
「いいえ、付き添いますよ」
「ありがとう」
視界が回り始める、足取りがおぼつかない。
一歩進めたつもりなのに、前に進まない。
「お嬢様!」
「はあ……はあ……」
足だけではなく、全身が重くなる。
歩くことすらままならない。そんなにひ弱な体ではないと思っていたのだけれど……
視界が暗転する、使用人の声が遠く響いていく……
★
「おーい、この薪割っておいてくれないかい」
「ああ、いいよ」
しばらく、カミンの家にお世話になっている。
王国に帰る手もあるが、魔族であることを隠し通すのは難しいだろう。
バレた瞬間、聖騎士が飛んできて真っ二つにされそうだ。
斧を振り下ろしながら考える。
王国で暮らせるようにする方法を。
「そういえばさあー、王国にも流行り病が入り込んだって聞いたよ」
カミンが遠くから俺を眺める。
「は!? それはまずいな」
斧で掠った風圧で、薪が倒れた。
「いいじゃないか、あっさりと入れるかもしれないね」
「いろいろ取りにいきたいものがあるしな、行ってこようかな」
なにより、ロレーナが心配だ。
「そうそう、行くなら一つ教えることがあるんだった」
「なに?」
「あたしが、どうやってユーリの魔力回路変えたのか教えてなかったじゃないか」
「ああ」
「ユーリも、できるんだよ」
「え!?」
俺は付与魔法しか使えないはずだったが……
「魔族になったことで、魔力量もだいぶ増えたのさ。教えるからこっち来な」
カミンのもとへ歩きだす。
もう、あの重だるさは感じられない。むしろ人間の時より軽い。
「じゃあ、教えるよ」
体がカミンのもとへ抱き寄せられる。
「ちょっと」
「私の魔力回路の場所、わかるかい?」
カミンの体へ意識を集中する。
全身に血管のように張り巡っている魔力の存在、それは、心臓部を起点として巡っている。
「ああ、わかるよ」
「やるねえ、後は簡単さ。その心臓部に自分の魔力を注ぎこむのさ。人間の魔力を消しきったら魔族にできるよ」
「なるほど」
こうやって俺を魔族にしたのか。
もしあの時知っていれば、一人くらい救えたかもな。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
思い切り手を振るカミン。
苦笑いしながら俺も手を振り返す。
王国まではそう遠くはない。
無事でいてくれ……ロレーナ。
足に魔法を付与し、土埃を高く上げながら王国へと飛んだ。
★
辺りはすっかり暗くなっていた。
行商人の荷車に忍び込んてから、どれくらいだろうか。
フードを深く被り、地味な仮面を着け、素性がバレないようにした。
聖騎士団に見つかった時のことを考えたら……
ロレーナに会うことすら叶わなくなるだろう。
「いんやあー、この頃大変ですねえー」
「全くですよ、いつ病気にかかるか分からないですよ」
がっははと逞しい笑い声が聞こえてくる。
「門番、お疲れ様です。ではこれで」
「感謝であります」
先頭で、行商人たちが話込んでいる。
先ほどの笑い声は、門番か。ということは国内に入ったはず。
走行音と共に、体が揺れる。
馬の足音が止まり、車体の揺れも止まった。
「いんやあー、どうもどうも」
行商人が運転席から降り、誰かと話し始める。
「聞きましたよ、最近はどこも病が──」
足音を立てないように静かに動き出す。
「確か、教会の近くに住まれている令嬢の方達も、危険な状態とお伺いしましたよ」
「ああ、そうでしたか、王家の方々にも病にかかられた方がいるだとか」
教会の近く!?
驚きで声を上げそうになったが、ぐっと堪える。
もしかしたら、ロレーナかもしれない……
はやる気持ちを抑えて、その場を後にした。
確かロレーナの家は……
教会を抜け、さらに奥地に行くと華やかな住宅がいくつかある。
昔、一度だけ来た事がある気がする……
昔の記憶を頼りに歩き出す。
あった。
白を基調とした、レンガ造りの家。
正面から入るわけにも行かないため、辺りを伺う。
花壇には黄色い花がいくつも植えられていた。他の花壇には色とりどりの花が咲き誇っている。
誰も周りにはいない。
ロレーナの部屋は2階だったはず。
足に付与魔法をかけ、軽く飛び上がる。
ベットに横たわり、微動だにしない彼女が目に飛び込む。
ロレーナ!
★
「ロレーナ!」
窓辺からロレーナに声をかける。
「誰……?」
重々しく体を起こす。金色の髪がさらりと流れ落ちる。
その目は焦点を失い、はっきりと俺を捉えていないように見える。
「死神かしら……本当に死んでしまうのね」
投げ出すようにつぶやき、彼女は続ける。
「最後にもう一度だけ会いたいわ……ユーリ」
「その花、ずっと持っていてくれたんだね」
「え……」
ベットの横に生けられた黄色い花に顔を向ける。
フードが脱ぎ払われ、形が崩れてゆく。
月明かりがまばゆく満ちていく。
「その角、どうしたの?」
その瞳には、警戒の色が灯っている。
「命を救われた結果がこれでさ……」
「そう……私ね、ずっと会いたい人がいるの」
「うん、俺にもいるよ」
「でも、会えなくなってしまったの。ずっと待っているの」
「うん」
青く澄んだ目が、髪飾りを捉える。
「昔、女の子に怪我をさせたことがあったんだ」
「それで……?」
「俺……そうしたらいいか分からず逃げちゃってさ、酷いやつだよな」
過去を見るように花瓶の花を眺める。
「それは……何か理由があったんだわ……」
手を握り、こちらを真っ直ぐ見つめ通す青い目。
「そのあと、その子が好きそうな花を渡したんだ。すごく喜んでくれてさ、俺も舞い上がりそうな気持ちだった」
彼女は長い髪を垂らし、うつむく。
「次の日、その子がお礼をしてくれたんだ」
「それは……白い花かしら」
少し震えた声に釣られて、俺の声も潤んでしまいそうになる。
「ああ。綺麗な髪飾りだった。今も身に着けるくらいお気に入りさ」
仮面に手をかけ、ゆっくりと降ろす。
やっと、会えたね。
「迎えに来たよ、ロレーナ」
彼女の頬に、一筋の涙が伝い落ちる。
「ユーリ……」
「待たせてごめんね」
そっと、抱き寄せる。
優しい温もりが体に伝ってゆく。
「もう離さないでほしいわ……」
「ああ」
背中に巻かれた腕が、急に解かれる。
「ロレーナ?」
「ごめんなさい、もう力が……」
まさか症状の進行がここまで進んでいるとは。
やるしかないのか……
この方法しか知らない自分が憎い。
抱き寄せたまま、彼女の魔力回路に集中する。
「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
徐々に俺の魔力が、彼女の回路に流れこんでいく……
★
「……い……おーい起きてー」
下がりたがる瞼をこじ開ける。
頭に山羊のような角を小さくはやしたロレーナがいた。
「……おはよう、その……」
「気にしてないわ、私のためにやってくれたんだから」
「そうか」
あの後、カミンの家に一度避難した。
あのまま放置しておくわけにもいかない。
少し気まずくて外に出る。
背後から、軽やかな足音が近づいてくる。
「どこ行くのよ」
「外の空気が吸いたくなったんだ」
「ふーん」
本当にこれで良かったのか。
少しだけ考えてしまう。
「もしかして、私を魔族にしたことまだ気にしてるの?」
「黙ってやったからね……」
僕が初めて魔族になった時、絶望した。
もう会えなくなるんじゃないかって。
「ねえ、結婚しようよ」
「え?」
驚いて振り向く。
目を細め、頬を赤らめたロレーナと目が合う。
「約束……でしょ?」
僕の髪飾りを覗き込むように見つめる。
「もちろん……結婚しよう」
「うん……ありがとう」
長く艶やかなまつ毛が降りてゆく。
自然と唇が近づき合う。
唇に触れた瞬間、ローレナとの記憶がよみがえる。
無意識に涙がとめどなく溢れる。
柔らかな花の香りを、懐で暖かく抱きとめた。
「愛してる」
「愛してるわ」
これからは、ずっと一緒だ。
何があっても、僕が守り抜いてみせる。