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「――!?」
再び目を覚ました彼女は、目の前の窓越しにまたあのロボットがいることに驚愕した。そして――何よりも驚いたのは――
「――ヤア」
くぐもった声だが、それは喋ったのだ。
「オドロカナイデ――。アバレルトアブナイカラ」
そう彼女に語り掛けるロボットの姿が依然と少し違うことに彼女は気付いた。そのロボットの顔の横にスピーカーのようなものが取り付けられていて、そこから伸びたケーブルが彼女のカプセルに挿さっている。
「スピーカーホンヲチョウセイシテ――カプセルナイノ――オンセイニンシキシステムニツナゲテ――エエト、リカイデキテイタラ――ヒトミヲニカイ、トジテクレマスカ?」
その声に彼女は言われた通り、二回瞳を瞬かせる。
「――ヨカッタ。コトバガツウジテ」
そう言うとそのロボットは安心したかのように、そのライトのついた手を彼女に振る。彼女もそれに応えようとするが、声が出せないためその試みは無駄に終わる。そんな彼女の悲しそうな瞳を無機質なカメラで覗き込んでいたロボットは――『マッテテ』とだけ言い残して再び闇に消えてゆく。彼女はまた――力なくその瞳を閉じるしかなかった。
◆
「――やあ」
「――!?」
次に彼女の前に現れたロボットはまるで人のような……流ちょうなしゃべり方を身に着けていたことに少女は驚く。
「音声システムをアップデートしたんだ。そして、これがお待ちかねの――」
そう言うとロボットは彼女のカプセルに何か、機械の箱を取り付ける。
「どうぞ、何か話したいことを思い浮かべてみて?」
「――っ」
喋る――という感覚を思い出すように、彼女は目の前にいるロボットに意識を向ける。すると――。
『――貴方は?』
雑音混じりではあるが、しっかりとした声が空間に響く。それを受け、やった! とでも言いたげに、そのロボットは器用に腕を折りたたみ、ガッツポーズを取る。
「これはね、脳波の信号を受け取ってそれを外部音声に変換する装置だよ。これでようやく――話せるね」
ロボットは期待を込めるように窓を覗き込んだまま動きを止める。
『――貴方は、何?』
「ああ、答えてなかったね……。そう――何ていうかな……」
ロボットは頭を掻くような動作をする。まるで、答えを用意してなかったように。
「ええと――医者、のようなものかな?」
ようやくそのスピーカーから出た答えは、曖昧なものだった。
『――医者?』
「ああ、人を治すために働く――今は君を治すために働く……お医者さんだよ」
『――』
何か言おうとした少女の意思は――しかし声にならず掻き消える。
「ああ、疲れているね。酸素飽和度が怪しい――栄養も足りないか……」
慌てたような口ぶりでロボットは答えると、いくつかのチューブをカプセルに繋いでいく。
「栄養剤を流しているだけだから安心して――まだ、色々足りてないけれど」
ロボットは古びたケースに入っていた大きなシリンダーとチューブを繋げ、点滴のように彼女のカプセルの中に注入していく。
「さあ、他に何か――」
『――違う』
ようやく返ってきた言葉は『ロボット』の予測とはかけ離れていた。
「違うって、何が?」
『――貴方の、名前は?』
そこで初めて『ロボット』は彼女の言いたかったことを勘違いしていたことに気が付いた。『貴方は?』という問いかけは、どういう存在か――を訊ねたのではなく、ただ名前を訊ねたのだと。
『ああ、僕は――』
『彼』は自身の胸に刻まれたR-Nという文字をそのレンズに映す。彼女にもそれが読めたのか――。
『リン――』
そう彼女は呟く。ロボット用のR-N型の汎用モーターを装備しているだけだという事実を彼は知っていたが、それでもあえてそれを否定はしなかった。
「そう――リンだよ」
リン、という名前を彼は噛みしめるように、言いなおす。彼女が笑い返したと思った瞬間――突如苦しみだし、意識を失う。
「ああ、駄目だな。どれも数値が低い……」
彼女のカプセルのモニタに浮かぶ数値はどれも生命を維持するには頼りないものばかりだった。彼が運び込み、使用した栄養剤のどれもが、すでにその機能を失っているものが多かったのだ。
「――もう一度、探してくるね」
優しい声でそう語り掛けると、彼は再び足のキャタピラを回転させ、踵を返す。彼のライトに照らされるその先には無数の瓦礫が待ち構えていた。