6稿目
それから、ひと月たった。
実家の雑貨屋は廃業し、今は残された財産と、国から出た多少の弔い金で日々生活している。
しかし、こんな生活はあと半年ももたない。
手元にある金銭で、これから何をしていこうか…。
「父さん…母さん…ユウナ…」
俺に残されたのは、深い悲しみと、怒りだった。
「俺は、弱いな。」
せっかく異世界に転生したのに、のんびり日々を過ごそうとした事が悪いのか?
いや、そのための力が足りなかったのか…。
「強くなりたい。もう二度と失わないために。」
とはいえ、タマルに使える特別な力、『テセウスの船』は、命尽きそうな肉体を蘇らせたが、他の道具のように特別強化される事は無かった。
「所有物…」
自分の左手を見ながら、やはり物だと割り切れないからかもしれないと思い当たる。
もしくは、転生まもないので、何か条件が足らなかったか…
「とりあえず、これからだな…」
両親の残してくれた家も、このままだと売り払わなければならなくなる。
『テセウスの船』で家を改築する事も出来るが、さすがに目を引いてしまうのでやめた。
雑貨屋を再開するにも、父から仕入れルートを引き継いでないし、裏の畑だけでは生活が成り立たない。
「となると、まずは雑貨屋の再開のため、商品かその材料の仕入れ。手っ取り早いのは、国の外に冒険者として出て、採取や狩猟をするのが良いな。」
テセウスの船の効果で唯一、タマルが強化されたことが、魔力を得た事だった。
とはいえ、だから強くなったわけでも、すぐ魔法が使えるわけでもないのだが、冒険者に登録するハードルを越えることができる。
「いつまでも、安全圏で生きてはいけない。冒険者になろう。」
そう決心すると、タマルは街の中心、冒険者ギルドへ向かった。
道すがら、タマルは普段来ない街の中心部に並ぶ店を見ていた。
かなり立派な武器や、綺麗な装飾品、使いやすそうな雑貨が売られており、自分の店とは大違いと痛感していた。
そんななか、一軒の店がタマルの目にとまる。
店先には、首輪を付けられた人が並べられ、それぞれに値札がぶら下がっている。
いわゆる奴隷屋だ。
この国では人身売買が合法的に認められており、売買された奴隷にも最低限の人権は保障されている。
過度の労働や懲罰、尊厳を否定するような行いは出来ないよう、法律にもうたわれているのだ。
とはいえ、貧困のため仕方なく売られた奴隷が、自身の境遇に理解はしても、納得はしていない。
みな一様に暗い顔をしていた。
自分も、このままだと奴隷の道だ。
「そうだ、異世界転生のテンプレ、奴隷の仲間だ。」
タマルは、奴隷の値札を確認するも、とてもじゃないが買える額ではない。
「お客さん、奴隷をお探しで?
あ〜でも、お客さんのお小遣いじゃあ、ちと買えませんか。」
値札を見ていると、店主にからかわれた。
「ちなみに、訳あり商品なら、格安のが居ますよ?見てみますか?」
にやにやとこちらを見てくる店主。
奴隷を買う客はそんなに居ないので、暇つぶしに、店を見に来た少年に酷い状態の奴隷を見せて、ショックを受ける様を楽しみたいのだろう。
「じゃあ、たのむ。案内してくれ。」
こちらの強気な態度に少し驚きながら、店主は店の奥に案内してくれた。
店の奥は、ツンとくる悪臭が漂い、その奥に4人の子供がいた。
おそらく、10歳になり、家にお金を入れれないため売られたのだろう。
親が酷いようにも思うが、お金が無い家庭ならあり得る話だし、孤児院の子供かもしれない。
どちらにしろ、10歳からに求められるハードルが高い理由に、この国全体の貧困が見えてくる。
「お客さん、こちらの少女たちは、それぞれ目が見えない、耳が聞こえない、喉が潰れている、しかも全員病気にかかっていて、手足の先も凍傷で腐りかけときたもんだ。
親に見捨てられ、買い手も付かず、あと数日もすれば死んじまう。
よって、4人セットで10金貨だ。」
さすがにひどい有り様だった。
歩くことはかろうじて出来そうだが、何の役にも立たなそう、むしろ、看病や治療で買値の何十倍もかかりそうだった。
10金貨は持っていたが、半年の生活費の大半であり、豆の苗が50銀貨、100銀貨で1金貨と考えると、買っても共倒れだ。だが
「よし、買おう。」
「へ?本当で?
いえいえ、ありがとうございます。もちろん、返品不可です。ではすぐに奴隷登録いたします。」
まさかの回答に狼狽えた店主だったが、厄介払いできるとあり、すぐに態度を変えてきた。
まあ、もちろん、考えあっての事だが。
そして、各奴隷の首輪に自分の血を染み込ませる儀式を行い、登録が終了する。
「まいどあり。
また奴隷が必要でしたら、ご贔屓に。」
店を出た俺は、すぐに人気のない路地に入る。
「さて、『所有物リスト』」
そう唱えると、視界に文字が浮かぶ。
・タマル
・家
・奴隷
奴隷を選択すると、リストが切り替わる
・奴隷1
・奴隷2
・奴隷3
・奴隷4
ここでさらに1人を選べば、身体の状態や能力値が見れるのだが、今は所有物になっている事が確認できればそれでいい。
「君たち、今から身体を作り替える。その覚悟が無いかもしれないが、受け入れてくれ。」
奴隷たちは言われている事の意味をわからないようだったが、そもそも余命数日のボロボロの身体で、これからの事などどうでも良かった。
「「「「コクリ」」」」
全員、うなづく。奴隷として主人には逆らえない。それに、もう逆らう意味とかも無いから。
「じゃあ、スキル『テセウスの船』!」
次の瞬間、奴隷の少女たちの身体は健康そのものの肉体に入れ替わり、視力や聴力も復活し、しかも、肉体強度と力が成人男性くらいにまで強化された。
そして、手首には、うっすらと緑色の文字で、タマルと描かれていた。