5稿目
昼からの作業で、豆を植えた。
苗を買ったので、収穫はひと月くらいで出来るらしい。
日本の大豆とは少しちがうのだろうが、まあ出来る豆は同じようなものだ。
食べ方も、そのまま茹でて枝豆や、ポークビーンズのような煮込み料理に使われている。
豆を植え終わると夕方で、夕飯を食べて寝た。
「明日からよろしくな。」
部屋へと入る背中に、父がかけてくるた。
翌朝、食事を済ませた俺は、両親の雑貨屋で働き始めた。
まずは、在庫の補充、納品の受け取り、フロアの掃除。
といっても、10畳くらいのフロアで、そんなに物も売れてないので、たいした仕事量ではない。
お皿、コップ、フォーク…
桶、石けん、タオル…
椅子、本、敷物…
うん、店内の品揃えは生活雑貨だな。
しかも、石けんや本がすでに普通に流通している。
これは、俺の知識で世紀の大発明を…は無理そうだな。
なんなら、異世界定番のマヨネーズも、近しい物が今朝の食卓に並んでいた。
味噌や醤油こそ無いものの、手軽にドヤァは出来ない感じだ。
そして、残念なことに、店が暇だ。客が来ない。
試しに店の前に出てみるも、そもそも通行人がほぼ居ない。
「こんなに人が来ないんですね…」
カウンターに座る父に話しかけた。
母はその横の作業スペースで、店に並べるブローチなどの小物を作っている。
「そりゃ、一番外側の道なんか、普段は誰も通らないよ。通っても、目ぼしい物を売ってる店なんかないんだから。」
なるほど。要するに、この辺りで生活する人のためにある店な訳だ。
夕方、勤めから帰ってくる人が、一定数利用してくれるのだと、父が教えてくれた。
それから、店と畑の開墾で、1ヶ月が過ぎた。
店の稼ぎは相変わらずなため、自分の給料はお小遣い程度だった。しかも、豆の苗を買うために使っているため、貯金は無し。
だが、畑をすべて耕し、第一陣の豆を収穫する日となった。
豆はかなりの量が取れ、売ったお金から次は種芋を買った。
残ったお金の半分を両親に生活費として渡して、残りが自分の取り分だ。
畑に灰を撒いたおかげか、品質のいい豆がたくさんとれた。
父や母もとても喜び、妹にも新しい服が買えた。
生活が少し豊かになり、自分は幸せを感じていた。
この日常を大切に、これからも楽しく生きていこうと…
「******が入って来たぞ!!」
突然、国の入り口にある門の方から、怒声が聞こえてきた。
表に出ると、道の向こうから砂煙がやって来る。
「どうした?」
家族も心配して、家の周りに出てきた。
基本昼間は静かな通りなため、自分たち家族以外の人はあまり居ない。
ドドドドド!
けたたましい音が近づいてきた。そして、砂煙から見えた物は、
1m以上あるかという、前に突き出た牙
硬そうな茶色い体毛におおわれた、巨大
四足歩行のそいつは、猪の化け物だった。
「な!?」
と思った時には、目と鼻の先まで迫っていた。
牙に貫かれる身体
吹き飛ぶ手足
地面に落下し、あらゆる痛みが遅れて到着する
(痛い痛い痛い!)
視界の端に、走り過ぎていく化け物と、自分と同じく吹き飛ばされた家族が映る。
(痛い痛い痛い!)
思考が追いつかない
動かない身体
多分、心臓ごと損傷しているんだろう
頭が死を感じている
(ああ、人生2度目の死か。さすがに早すぎるし、理不尽な死だな。だが、もうどうしようもないか…)
そんな薄れゆく意識の中で、思い出された言葉があった
『所有物 左腕 に スキル テセウスの船 レベル1 を 使いますか?』
(!!)
さすがに怖い。
自分の身体が、他のナニカに置き換わってしまう。
…だが、もう死ぬんだ。
いいじゃないか、最後くらい。
そんな、悪魔の提案に乗ってみても…
「スキル、テセウスの船」
俺の身体がひかり、次の瞬間には、傷ひとつない自分がいた。
「つ…父さん!母さん!ユウナ!」
家族に駆け寄るも、すでに息は無かった。
「スキル!テセウスの船!」
『対象 が 所有物 ではありません。』
「うぁ、そんな、そんな!」
俺はこの日、多くのものを失った。
家族、平穏、幸せ
自分の身体
新たな肉体は今まで以上に違和感がある。
今までより力があり、早く走れ、強靭だった。
そして、心臓には魔力が宿っていた。
今の俺にはどうでもいいことだ。
1人になった我が家で、俺はただ呆然としていた。