4稿目
「さて、まずは状況把握からだな。」
この国の名前は、マルガリ王国。
王城を中心に、貴族街、平民街、農地と広がっており、外周を高さ5mほどの壁で囲われている。
両親の雑貨屋は、平民街と農地の境目に位置しており、家の裏に農地を持てる利点はあるものの、客足があまり期待出来ない地域だ。
地価も王城に近づくほど高くなるため、儲かっている店ほど王城には近くなる。
要するに、うちは貧乏みたいだ。
「となると、まずは農地だな。家には畑を耕す余裕も無いみたいだから、荒地からの開墾か。」
畑の広さは100m四方あり、かなりのものだったが、うちの両親には農家の才能が無かったらしく、早々に諦めたそうだ。
「たしか、倉庫に鍬があったはず…」
タマルの記憶を頼りに、倉庫の農具を見に行った。
「うわ、これは…見事にボロボロだ…」
朝、父から倉庫の農具は全部やると言われていた。
だが、これは貰っても、むしろ粗大ゴミの管理を押し付けられただけのような…
落胆したタマルだったが、
『所有物 鍬 に スキル テセウスの船 レベル1 を 使いますか?』
脳内アナウンスが流れた。
(え?スキル?持ってたの?)
タマルの記憶の中でも、スキルに対する記憶は無かった。
むしろ、剣と魔法の世界であるが、スキルという物が存在しないはずの世界だと、タマルの記憶にはあった。
「そもそも、テセウスの船ってなんだよ。スキル効果が読めないわ。」
(でも、とりあえず対処がこの粗大ゴミ一歩手前の鍬なら、使っていいか。)
「あー、うん。スキル使用します。」
脳内アナウンスへの返事をしたら、手に持っていた木製の鍬、その先の耕す部品、名前はわからないが、木の棒の先に固定されている木の板が光り輝き、次の瞬間には鉄製の板に代わっていた。
「お、鉄製になった。てことは、使った対象が強化されるって事か?」
そう思い、俺は鍬の鉄製になった部品に、再びテセウスの船を発動させようとした。
これで素材がどんどん強化されたら、売るだけで大儲け、異世界がイージーモードだぜ!
と思った。だが
『鍬 の 消耗度 が 足りません』
ん?消耗度?
ならばと、鍬の持ち手、棒の部品にテセウスの船を使用した。
次の瞬間、持ち手は前より堅そうな、それでいて滑らかな木に変わった。もちろん新品だ。
(なるほど、要するに、ある程度使い込まれてないとダメなんだな。)
「じゃあ、次はこの家の、そうだな、扉を強化してみるか。」
そして俺は、家に対して、テセウスの船を発動した。
『対象 が 所有物 ではありません。』
(なるほど、自分の物しか強化出来ないんだな。
ならば、町中の人から古いものを買い、直して売れば大儲けか?)
そう思い、父に鍬がいくらで売れそうか聞いてみた。
「タマル、これは立派な鍬だ。買えば銀貨1枚くらいはするだろう。だが、これは売れない。」
「え?なぜですか?」
「ここを見てみろ」
父に言われて、鍬の持ち手の先を見てみると、うっすらと緑の光で、自分の名前が書いてあった。
「これは、使用者登録という状態で、登録者の手元から離れても、いつの間にか勝手に登録者の元に帰ってきちまうんだ。使用者登録は、通常は起こらないんだが、たまに道具に好かれちまうみたいに、気がついたら起こっている現象だ。だから、売る側も買う側も使用者登録が発生していないか、とても注意している。だって、買った物が店に帰ってくるだなんて、詐欺だろ?」
父の説明で分かった。多分、自分のスキルで強化した事が原因だろう。だが、となるとこの商売もダメか…
「それにしてもタマル、こんな上等な鍬、どこで手に入れたんだ?」
「え?いや…倉庫の奥にたまたま、偶然入ってた…よ?」
訝しむ父の視線から逃げるように、裏の畑へと逃げた。
「もう少し、スキルの検証かな…」
倉庫内の他の農具にもスキルを使ったら、案の定鍬と同じようになった。
「まあ、農地開拓には役立つし、とりあえずこの鍬で耕しますか。」
そして3時間ほどかけ、10m四方ほどの畑を耕した。
「あとは、植える野菜だよな。」
この国では、麦、芋、豆が主な農作物で、あとは根菜が多かった。
「それ以外だと、種が手に入らないよな…となると、豆か。」
豆は日本でいう大豆で、料理としては茹でたり煮たりで食べられていた。
(ゆくゆくは、味噌や醤油、豆腐にも挑戦したいし、これはマストだな。この世界にまだない調味料が作れたら、大儲け出来そうだし…)
「よし、午後は豆を買いに行こう!」
昼食の席に着いた。
「タマルちゃん、畑はできたの?」
「はい。午後に豆の苗を買いに行こうと思います。」
「そうなの〜。頑張ってるわね。」
「ええ、もう腕もパンパンですよ。」
久しぶりの重労働に、鍛えてもいないタマルの腕は悲鳴をあげていた。
(てか、たしかに、かなり痛い。若いから筋肉痛がすぐ来たかな。)
と考えて左手をさする。
『所有物 左腕 に スキル テセウスの船 レベル1 を 使いますか?』
(は?いやいや、人体にも使えるのか?というか、テセウスの船を使うと、対象は強化されたものに『置き換わる』。さすがに、ダメだろ。)
「…使わない」
「え?タマルちゃん、何か言った?」
「いえ、何でもないです。」
昼食を終えたが、もやもやした気持ちが残った。
昼食後、豆を買いに出かけた俺は、自分の意志では初めて、異世界の街を歩いていた。
元いた日本の文明からしたら、かなり遅れた文明だ。だが、だからこそ知識のある自分にはビジネスチャンスがあるだろうと考えていた。
例えば、水洗式のトイレや電灯、冷蔵庫や電子レンジなど、世に出せれば革命的な知識が。
しかし、この世界には電気が無く、自分にはゼロからそれら文明の利器をつくる知識など無かった。
まあ、日本中探しても、電気もパソコンも無しに、冷蔵庫や電子レンジを作れる人が何人いるだろうか。すくなくとも自分は、作れない人間だ。
「今までも、享受するだけで、その原理や作り方を真剣に考えた事は無かったなぁ…」
大半の人間はそうだが、文明がリセットされるような事でもなければ、それは不要な知識だろうし、文明がリセットされたら、文明の利器は諦めるだろう。
「まあ、家庭菜園のために肥料の作り方なら、多少は調べてたから、何とかなるかな。確か、土を中性から弱アルカリだったかな?砕いた貝殻か、灰を巻くんだったはず…」
そこまでは知っていた。まあ、土壌改善は日本では、古くは700年前からされていたらしいし、やり方も、草木灰という、野焼きをしたあとの土を混ぜ込んで畑にするというシンプルなものだ。
「貝殻…は、内陸の国だからほぼ無い。野焼きは、さすがにこの世界でやると、放火にしか見えないわな…」
と考えながら、野菜の種を扱う店を探していると、貴族街との境目あたりに鍛冶屋があった。
(鍛冶屋なら、灰を貰えないか?)
そう思い、鍛冶屋の扉を開いた。
「へい、らっしゃい。…なんでぃ、お貴族様ではないんかい。何の用だ?」
鍛冶屋に直接依頼しに来るのは、戦闘職の貴族がほとんど、平民には用の無い場所だった。
「その、灰を分けてもらえませんか?」
「灰?そんなもん何に使うんでぃ?」
「その…畑に撒こうかと…」
鍛冶屋の主人らしい、煤まみれの服の老人は、俺の言葉の意味を理解出来ず、ポカンとしていた。
「その、畑に灰を撒くと良いと聞いたもので…」
やはり、不審者を見る目でこちらをみていたが、老人は仕事にはやく戻りたかったのか、
「そこの角にかためてあるから、好きなだけ持っていきな。ちらかすんじゃねえぞ!」
そう言ってくれたので、ありがたく一袋分の灰を頂いた。
「ありがとうございます!」
「次は客として来な。」
平民に鍛冶屋の客として来いとは、もう来るなという意味だ。だが俺は
「はい。是非!」
そう言って店を出た。
いよいよお目当ての、豆の苗を買える店に着いた。
「こんにちは。豆の苗をください。」
お店はまあまあ繁盛しており、野菜や小麦粉が売買されていた。
苗や種を買いに来る客は少なく、そんなに安くもなかったが、とりあえず買えるだけの豆の苗を買い、店を後にした。