3稿目
朝食を食べに席に着いた自分の前に、やはり見慣れない父と母、隣には妹が座っている。
(部屋で顔洗い用の水に映る自分の顔を見た時も思ったが、全員顔立ちが良いな…)
前世ではあまり顔で褒められた事が無いため、そこも自分の違和感なのだが、美人の母にドキドキしてしまうのは、中身がオジサンだからだろうか…
いや、そもそももうそんな年でも無かったのに、身体の年齢に引っ張られて、心まで若くなったのか?
セテウスの船…本当に自分が自分でないように感じてしまう。
いや、実際にこの身体は自分ではないのだが、自分の意識というか、タマシイみたいなものが、否定されそうな違和感を感じる。
「さて、タマル。お前も今年から一人前に働いてもらわなければならない。仕事は何をするか、決まったか?」
父、レアル・アガードが聞いてきた。
この世界では、10歳になった次の年からは、仕事をして家にお金を入れる事が、平民の普通となっている。
これが貴族なら、学園生活の始まる年なのだが、平民には関係の無い世界だ。
仕事…実は目が覚めて、タマルの記憶を観てからずっと考えていた。
いきなりの異世界に戸惑いながらも、そこは記憶を観たのもあり、すぐに順応出来た。
幸いにも普通の家庭に生きているため、衣食住の調達を迫られることは無い。
そうなると、タマルの記憶で一番直近の悩み。
タマルには特別秀でた才能が無く、今まで何かを身に付けたりもなかった。
そのタマルの悩み、それが仕事選びだった。
さて、どうしたものか。
すぐに思いついたのは、アルバイトだった。
だが、10歳すぐのアルバイトは、昼飯だけは出るが、給料はタダ同然しか出ない。
本来はその中で仕事を身につけ、少しづつ技術を覚えて給料を上げていくのだが、現代日本で60歳まで働いた自分のプライドが、それを許さなかった。
あとは、家の裏にある荒地を耕し、農業をするという選択。
これはかなり興味があり、定年後の趣味に家庭菜園を考えていた自分としてはかなり乗り気だった。
しかし、すぐに成果が出ない農業は、それまで無収入でいる事になるため、やはり並行して日銭が入る仕事をしたい。
となると…
「父さんと母さんの雑貨屋を、手伝わせてもらえますか?」
そう、父と母は雑貨屋を経営している。他所でアルバイトするよりは家系の助けにならないが、畑をつくりながらと考えると、こちらがいい。
それに、自分の前世の知識なら、雑貨屋に新たな商品を出したり、金銭の計算だって十分出来る。
「タマルおまえ、実家で楽しようとしてんのか?」
父が少し苛立った感じで聞いてきた。
「いえ、雑貨屋を手伝いながら、裏庭で農業を始めれないかと考えています。もちろん、雑貨屋の方も、接客、お金の計算、新商品の開発まで、全力で取り組みます。」
「まぁ、タマルちゃんはもう、お金の計算が出来るの?」
母のミモザが、驚いた顔でこちらを見てくる。
「はい、加算、減算、乗算、除算くらいなら。あとは、簿記が出来るので大丈夫かと。」
「ボキ?…タマルちゃん、それは何かな?」
あ、しまった、つい前世の感じで答えてしまったが、こちらの10歳は、まだ加算さえ習ってない。
「えっと…僕の考えた計算の名前だよ、母さん…」
「そうなのね。楽しみだわ。」
うわ、完全に子供の遊びだとおもわれた。
俺の考えた必殺技!みたいな、サムいノリだと思われた〜…。
いや、上手く誤魔化せたのか?…
「どちらにしろタマル、お前が本気でやりたいなら、手伝わせてやる。裏庭も好きに使っていい。
ただし、家族だからと仕事中に甘えれると考えるなよ?むしろ他人より厳しくいくからな!」
願ってもない好条件だ。
いきなり異世界に転生させられて、どうしたものかと考えていたが、親の経営する店の発展と、農業。人生に目標があると、これからが楽しみになってくる。
「はい!よろしくお願いします。父さん。母さん。」
今から俺は、タマル。
タマル・アガードだ。
そう思うと、さらに全身に違和感が広がるが、そのうちタマル・アガードとして順応するのだろう。
「店の手伝いは明日からだ。よろしくな、息子。」
「おにいちゃん、がんばれ〜」
4歳になる妹の、ユウナも自分を応援してくれた。
これから、俺の第二の人生が始まるんだ。
前世に残してきた家族は気掛かりだし、未練があるが、死んでしまったのだから仕方ない。
それより、訳はわからないが始まったこの人生も、楽しんで幸せに生きよう。
色々混乱はするが、前向きな思考をする事で、俺はこの新たな人生を、一歩踏み出した。