1稿目
テセウスの船。
それは、古くなった船の部品を交換していき、最終的に全ての部品が入れ替わっても、その船はテセウスの船なのかという、パラドックスである。
まさに、今の自分もそうだ。
目が覚めたら、声も見た目もまったくの別人で、しかも世界自体がまったく知らないものに置き換わっている。
ファンタジーでよくある、異世界転生なのだろう。
いざ自分の身におこると、これほど違和感があるのかと思う。
自分のものだと思えるのは、意識と元の世界での記憶だけ。
元の世界、日本で過ごしていた時間は長かった。
大人になり、就職し、結婚し子供ができ、そして子供が成人して、自分は会社を退職する60歳だった。
これから、新しい趣味でも見つけて、妻と2人、穏やかな老後を過ごそうかと考えていた矢先に、交通事故に巻き込まれ、1人他界してしまった。
けして十分生きたとは思えないが、自分は満足した幸せな人生だったと思う。
…しかし、死を悟り薄らいだ意識が再び覚醒した。
そして、気づいたら見知らぬ異世界で、10歳の少年に転生していたのだ。
年老いた身体の部品を、新しいものに交換されたような…
それはまるで、テセウスの船のように。