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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
人が消える合わせ鏡
8/89

三、消えた踊り子 

 クロエが消えた翌日のことだ。


「それが舞台を照らすための魔道具ですか」


 背後から声をかけられて、思わず持っていた魔道具を取り落としそうになった。

 振り向くと、あの吟遊詩人がいた。


「ちょっと、急に声かけないでよ!」


 相変わらず、今日も黒づくめだ。


「どうやってこんなところまで入れたの?」


 ここは大道具用のテントだ。

 煙を出す装置や舞台照明などの魔道具、舞台セットなどが置かれている。

 

「同業としてぜひ参考にしたい。特にミミさんの仕事ぶりを見学したいと頼み込みました」


「ちょっと! やめてよ! 一座の人に変な誤解されたら困るんだから!」


 あたしは慌てるが、男はどこを吹く風で、魔道具をしげしげと眺めている。


「実物は初めて見ます。私の故郷には、魔道具なんてものはありませんでしたから」

「魔道具がない?随分と田舎から出てきたんだ」


 ランプなどの明かりでは暗いので、夜間の建築現場や舞台照明には、魔道具が使われるのは常識だ。


「ここには、衣装やアクセサリーは置いていないのですね」


 彼の言葉をあたしは鼻で笑う。


「当たり前じゃない。こんなところに置けるわけがないでしょ。マダムにぶっ飛ばされるわ」

 

(まあ、ぶっ飛ばされるだけで済んだらいい方だけどね)


 

 魔道具を観察し終わったのか、男はこちらを見て言った。


「それにしても、まさか、今度はクロエさんが消えてしまうとは」


「そう……昨日の夜の公演、みていたんだ」


 チケットを頂いたので、と吟遊詩人が答える。

「ええ。クロエさんが、鏡の前で消えたのをしっかりとこの目で拝見しました」



 事件は、クロエのソロパートで起こった。


 クロエはいつもの衣装に加え、大ぶりの宝石をあしらったネックレス、金のバングル、繊細な細工が施されたアンクレットを身につけていた。

 観客の何人かは、その値打ちに気がついていただろう。

 幻惑的な煙がたかれ、色付きの光に照らされる。

 そこまではいつもの事だった。

 

 クロエは舞台中央に立つと、懐から鏡を取り出した。

 それは、ロージーが残したあの手鏡だった。

 そして、観客の方を向き、顔を隠すように、その手鏡を覗き込んだ。


 ようやくそこで、一座の人間が、クロエの背後に設置されているのが、舞台用の鏡ではなく、あの蛇の細工がなされた曰く付きの鏡にすり替わっている事に気がついた。

 なぜ、舞台上にあの鏡が?

 皆に動揺が走った瞬間。



 クロエの背後、つまり例の不吉な鏡から強い光が放たれた。

 立ち込めた煙ごと照らされ、クロエの姿が逆光を浴びて影になる。

 眩しさに、皆が目を背けようとした瞬間。

 クロエの姿は立ち消えてしまったのだ。



 観客は、そういう演出だと思ったようで、忽然(こつぜん)と消えた踊り子に拍手喝采だった。

 しかし、マダム・バタフライを初め、一座の人間は青ざめていた。

 公演後、クロエを探したが、やはり彼女はどこにもいなかった。

 蛇の細工の鏡と小さな手鏡、二つの鏡があとに残されただけだった。



「二人も消えちゃうなんてさ。あの鏡、多分処分することになるんじゃないかな」


 そうですか、と吟遊詩人は頷く。

 そして言った。


「ところでミミさん、どうして昨日の公演に出演されなかったのでしょう」


(どうして突然、そんなことを…)


「……来てもらったのに悪かったよ。裏方を手伝わないといけなくなってさ」

「マダム・バタフライの一座は大所帯のようです。人手はいくらでもあるでしょう。それなのに、踊り子のあなたが、裏方を手伝ったのですか?」


 吟遊詩人の言葉に、あたしは黙り込む。


「おそらくですが、あなたはとても大事な仕事があったのではないでしょうか」


 吟遊詩人はあたしをじっと見つめた。



「それは()()()()()()()()()()()()()()()です」

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