五、聖女の神罰
黒髪の男が再び現れた時、私は動揺を隠せていただろうか。
黒い髪に黒い瞳、異国からの来訪者。
「司祭長様、入信の前に少し、お話ししたい事があります」
「そうですか、ではこちらへ」
なんとか平静を装い、聖堂の中央で私は長椅子に座った。
「お話というのは?」
「先程、ここを出て行く前に、失礼な事を申し上げました。それをまず謝罪させて下さい」
そういうと、先生は深々と頭を下げた。
「まるで、司祭長様が脱会した元信者を殺して回ってるような言い方をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「ええ……いいでしょう。あなたの謝罪を受け入れ——」
「実は私、先程まで警備隊長から、一連の殺人事件について伺ってきました」
「え…な、なんですって?」
男の予想外の言葉に、思わず驚きの言葉が口に出る。
「もちろんご存じですよね。この町で、この教団の元信者が、毎週のように殺されている事件の事を。いえ、元信者だけではありません。教えに背く者……例えば内部告発をしようとした信者の方も殺されているのです。その全員が、溺死しています」
男は座らず、コツコツと音を立てて祭壇の方に向かう。私はその背中をじっと見つめる。
「警備隊長は、頭を悩ませていました。何故だと思いますか? 町中で溺死していたから? その方法がわからないから? いいえ、違います。警備隊長は、方法も、犯人の目ぼしもついていました。わからない事が問題だったのではありません。わかりきっていたからこそ問題だったのです。なにせ容疑者は、力をつけつつある教団の幹部なのですから」
(何故だ。何故、聖女様は、この男を殺さなかった)
「殺害方法は、魔法によるものです。被害者の肺に水を出現させたのです。少ない水の量で、服も濡らさず、ターゲットを確実に殺す事が出来ます。死んだ人間は、全員が教団の関係者です。あなたを疑うなという方が無理でしょう」
黒髪の男は祭壇の前で立ち止まり、振り向いて聖堂を見回した。そして、軽く首を振った。
「警備隊長は、すぐにあなただと思い当たったそうです。教団が絶対関わっていると。しかし、他のシスターや多くの信者が、犯行時刻にあなたと共にいたと証言しているそうです。もっとも、警備隊長は、信じていませんでしたよ。教団内で口裏を合わせているのだと思っているようでした。勢力を拡大している教団の司祭長を容疑者としてあげるには、決定的な証拠にかける。そのため、警備隊長は頭を抱えていました」
「先生、先程から、何が仰りたいのでしょうか」
私は両手を握りしめ、震える声を抑えた。
「教団を去った者が、不幸に見舞われたというのは、残念な事です。しかし、私が殺したわけではありません」
「でしょうね」
男はこちらを見て、にこりと笑った。
「私は、被害者が殺された時、司祭長がシスターや他の信者と一緒にいたという話を信じますよ」
男の薄っぺらな笑顔に、鳥肌が立つ。すぐにでも逃げ出したい、そんな気持ちにさせられる。
「私は、お伝えしたとおり、魔法に疎いものですから、初めは離れた場所——この教会からあなたが水の魔法で、被害者たちを殺したのかと思いました。しかし、あなたの魔法は器に近づいて、手をかざさないと発動させる事ができないようですね」
(それを確認するために、私に魔法を見せるように言ったのか)
「実は、警備隊長から、興味深い話を聞いたんです。被害者の一人が、死ぬ前に酒場を訪れているのですが、そこの店主が妙な事を言っていたんです。『その男が来る前に、そいつの姿を見た』と。どういうことだと思いますか」
「まさか、分身が現れたとでも?」
男は私の言葉を一笑に付した。
「実は、男が酒場を訪れる前に、彼の似顔絵を持って、描かれている男を見た事がないか聞いて回っている者がいたそうです。店主はその似顔絵を覚えていました。絵の姿とそっくりの男が来店したので、驚いたそうです。こいつの姿を見た事があるぞ、と」
「それが、なんだと言うのですか」
「誰かが確実に、ターゲットを探し、狙い、殺そうとしたのです。似顔絵を持ち歩いていたと言う事は、誰かの命令で、動いていたという証拠です」
もういいだろう。この男の話を聞くのも限界だ。
「もうお話は結構です。あなたのくだらない憶測を聞くのは時間の無駄です」
私は大声で、他のシスターを呼んだ。しかし、誰も入ってこない。
「どうしたの!? 誰かいないのですか!」
「無駄ですよ」
黒髪の男は、今度は私の方に近づいてくる。
「どうして、どうして誰も来ないの!?」
「それは、教義のせいですよ」
気圧されて、一歩、二歩と後退る私を素通りし、男は扉に向かう。
「教えにあるんですよね? 聖女様の姿を見てはいけない、と」
「まさか……そんな…」
「そうですよ」
男は扉の前に立った。
「扉の前に彼女が立っていたので、シスターも、信者の皆さんも、敬虔な方たちは教えを守るため、近づくどころか、見ることすら出来なかったんです。聖女様の姿を見る事は、禁止されているのですよね」
黒髪の男が、ゆっくりと扉を開けた。
「さあ、お入り下さい。聖女様」
そう言って、扉の外にいた少女——聖女様を招き入れた。




