三、分身に会うと死ぬ
これは、ドッペルゲンガーに出会ってしまったある女性の物語です。
ある時、殺人事件の捜査をしている男達が女性を訪ねてきました。
そして、こんな事を言うのです。
「犯人は、あなたとそっくりだったそうです」
心当たりはないですか、なんて言われて女性も困りました。
実は、殺された男というのが、彼女が結婚する前に付き合っていた元恋人だったのです。
別れた後もしつこくつきまとう男が、彼女にとっては悩みの種でした。
目撃者の話だと、殺害現場から逃げた女が、女性と瓜二つだったそうです。
「違います……私、そんな事していません!」
しかしその後の捜査で、女性は殺人が起こった時間帯に、別の場所にいた事がわかりました。彼女は妊娠しており、検査のため病院にいたのです。
確かな証人もいたため、彼女の疑いは晴れました。
胸を撫で下ろすと共に、疑問が残りました。
(私に似ていたその女は誰なのだろう)
女友達にその話をすると
「それってドッペルゲンガーじゃない?」と言われました。
「自分の分身ってやつ。あなたの願望を代わりに叶えてくれたんじゃないかな」
「分身? まさか」
「でも、気をつけなくちゃね。ドッペルゲンガーを見ると死んじゃうらしいから」
友人は軽い口調で言います。
「死ぬ? なんで?」
「さあ。同じ人間が二人いるのって、おかしいでしょ。だからどちらかが消えちゃうんじゃない?」
本気にしないでよ、と友人は笑います。
「そんなことより……殺人と言えばなんだけどさ」
友人は声をひそめました。
「このあたりで女の人が殺された事件知っている? 通り魔だったらしいけど」
「ああ、うん。怖いよね」
顔が引きつりそうになるのを堪え、彼女は相槌を打ちました。そして自分の動揺を悟られないよう、友人の話を聞くふりを続けました。
殺された女を彼女は知っていました。
自分の夫に言い寄っていた女だったからです。
既婚者と知っていながら、夫に言いよる女性。その女が、何者かによって、夜道で殺されたのです。
(もしかしたら本当に、私の分身が殺してくれたのかもしれない)
彼女の周りで、彼女にとって邪魔な人間が二人も殺されました。
彼女自身に殺意がなかったと言えば嘘になります。
それでも、殺したのは彼女ではありませんでした。
ところが、それ以降。
彼女は知らない人から声をかけられる事が増えました。
初めて入る店では「あら、こんにちは。今日はお一人?」とまるで常連客のように迎えられました。
道を歩いていると、見知らぬ人に「この前のイベントでは、お世話になりました」と丁寧に挨拶されました。
それだけではありません。
夫との会話でも違和感を覚える事が増えました。
「またあの店行きたいな」
「え、どこのこと?」
「先週、一緒に行っただろう。仕事終わりに君が迎えにきてくれてさ」
「何それ、私行ってない」
「何言ってんだ。忘れているだけだろ」
女性の中で、不安がどんどん膨らみました。
まるで、もう一人の自分が、彼女の知らないうちに、あちこちに出没してるかのようでした。
その日、彼女は夢を見ました。
夢の中で彼女は、夫の浮気を疑い尾行するのです。
夫は、若い女と腕を組んで歩いています。
どんなに足を動かしても、二人との距離は縮まらず、なかなか女の顔がわかりません。
店に入る瞬間、夫の横にいる女がこちらを振り返りました。その女は、彼女と瓜二つの顔をしていたのです。
慌てて後を追って店に入ると、夫の姿はなく、女が一人。
彼女とそっくりの分身が立っていました。
そのお腹は、彼女と同じように大きく膨れています。
「あの人の妻も子も、一人でいいのよ」
そう言って、彼女の分身は刃物を構え、突進してきました。
刺された、と思った瞬間、目が覚めました。
しかし、腹部に痛みがあります。夢と現実が曖昧になり、まさか本当に刺されたのかとお腹に手を当てましたが、怪我はなく、次第にその痛みが、陣痛である事がわかりました。
その日のうちに、病院へ駆け込み、彼女は無事に赤ん坊を出産しました。
夫が見舞いに行き、生まれたての赤ん坊を抱いている間、妻はふらふらと病室の外へ出ていきました。
手洗いにでも行ったのだろうと、夫は気にせずに赤ん坊をあやしていました。
しばらくして妻が戻ってきました。
片腕を血まみれにしていました。
「お前、それどうしたんだ」
男は驚き、駆け寄ろうとしました。
そして、妻の反対の手にナイフが握られていることに気がつきました。
「お前、それ、自分でやったのか」
「だって、わからなくなっちゃうでしょう」
「何のことだ。何がわからなくなるんだ」
「だから」
女性はゆらりと血に濡れた手を突き出しました。
「どっちが本物で、どっちが分身か、わからなくなっちゃうでしょ」
「お前、おかしいぞ。何を言ってるんだ」
「しるしをつけたの。私の方が本物だってわかるように。これで私が本物だってわかるから。分身に、あなたを取られることもないわ」
夫は、赤ん坊を抱えたまま、じりじりと後退りました。
しかし——
「だから、その子にもこれでしるしをつけてあげる」
そう言って、妻はナイフを振り上げました。