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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
見てはいけない死の前兆
60/89

一、黒髪の青年

『奇妙な男が来たようです』


 祭壇の前に(ひざまず)き、盃を水で満たしていた私に、()()()の声が聞こえた。

 私は教えの通り、目を瞑ったまま、その声に耳をすます。


『炊き出しに並んでいたところを、シスターの目に留まったようですね。面白そうな男です』


(面白そう? 聖女様にしては珍しい感想だ)


『話をしてみるのも良いかもしれません』

 

 そのまま、聖女様の気配が消えると、教会の後ろの扉が開く音がした。

 振り返るとシスターが中に入ってきたところだった。

「司祭長。彼がお話を聞きたいそうです」

 シスターに続いて入ってきた男を見た時、私の心がざわめきたった。その時すでに何か予感めいたものがあったのだろう。

 扉から差し込む光が逆光となり、初めはシルエットしか分からなかったが、次第に彼が黒い髪に黒い瞳という珍しい容姿をしている事がわかった。

 聖女様が仰っていたのは、この男の事だろう。


(異国から流れ着いたのだろうか)


「お金も食べ物もなく、とてもお困りのようでした。出身をお聞きしましたが、私では上手く聞き取れなくて……」

 ヒソヒソと囁くシスターに「わかりました。あとは私が」と頷いて見せた。

 シスターが退室したのを確認して、私は長椅子に腰掛け、隣に座るよう彼を促した。


「炊き出しにいらしていたようですが、食事は足りましたか?」

「はい。ご馳走様でした。美味しく頂きました」

 男は薄汚れた格好をしていたが、受け答えはしっかりとしている。むしろ、その物腰に知性すら感じた。


「あなた、名前は? どちらからいらしたの?」

 しかしその問いに帰ってきたのは、なんと表したらいいのか、とても発音のしづらい言葉だった。私は何度も聞き返し、繰り返し発音を試みたが、彼の発した言葉とはどうも違うようで、結局諦めてしまった。

 もちろん、私の知っている限り、この辺りにそのような町や国は存在しない。遠い外国から長い旅の末、ここに辿り着いたのだろう。


「職業は? 故郷ではどんなことをなさっていたのでしょう」

「その……ジュクのコウシを」

「コウシ、ですか?」

 これも聞き慣れない言葉だったので、私は聞き返した。

「あ……そうですね。子どもたちに教える仕事をしていました。『先生』の仕事です。わかりますか?」

「ええ、わかります。そうですか、教師だったのですね」

「いや、厳密には違うのですが……まあ、似たようなものです」

「教えていたのは魔法ですか? それとも剣術か何かを?」

「ああ……えっとですね」

 男は、頬をかきながら言葉を選んでいるようだった。


「その……私の故郷では、剣や魔法を使う人はいなかったんです。だから、この世界——いえ、この国のことがまだよくわかっていなくてですね」


「魔法がなかった?」

 私は驚き、それと同時にどこか納得もした。魔法すら使えないほど文明の遅れた国だからこそ、知名度が低くく、発音すらままならなかったのだ。

 そんな国で、一体何を教えていたのだろう。

 私の表情を読んだかのように、彼が答える。

「そうですね……私は物語の読み解き方や文章の書き方を教えていました」


(物語の読み方など学んで何になるというのだろう)

 

 きっと、他に娯楽のない貧しい小国だったに違いない。

 だからこそ、彼はその国を出て、遠く旅をしてきたのではないか。


「では、あなたさえ良ければ、『先生』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、なんだか気恥ずかしいですが」

 男は照れたように横を向いた。


「先生は、ここの教団について説明を受けましたか?」

「ええ、先程のシスターに。教義の方もとても興味深く伺ったのですが……」

 そこで男は、こちらをまっすぐ見て言いました。


「もう少し——『聖女様』について、詳しく伺いたいと思いまして」


 私は黙って彼を見返した。

「なるほど……確認しますが、入信をご希望という事でよろしいのですね?」

 男は黙って頷いた。


「では、お教え致しましょう。『聖女様』というのは、神の使いです。戒律を破った者に、罰をお与えになります。私たちが邪な気持ちを抱かないよう、いつも見守って下さっているのです」




   ♢   ♢   ♢




 男は、なんとか運命を変えようと抗っていた。

 教団を抜けた彼に、いつ『聖女様』から罰を与えられるのか、生きた心地がしない毎日だった。

 髪型や服装なども変え、町を出る手筈を整えた。

 あとはタイミング次第だ。


(こんなところで死んでなるものか) 


 自分を奮い立たせるため、夜更けに酒場へ行き、安酒を一杯注文した。 

 その時店主が、男の顔を見て、訝しげな顔をした。

「何だい、俺の顔に何かついてるかい」

「いや……でもあんた、さっき……いや、何でもないよ」

 店主は首を傾げながら、他の客の所へ行ってしまった。


(なんなんだ。一体)


 なんとなく居心地が悪くなり、彼は酒を一気に煽った。

 カウンターに金を置いて帰ろうとしたその時、隣に座った者がいた。

 何の気なしに、彼はひょいとそちらを見た。

 ()()()()()()()


 翌朝、彼の死体が路地裏で発見された。

 調査にあたった警備隊によると、彼の死因は『溺死』であったという。

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