一、街角の吟遊詩人
「あんたみたいな吟遊詩人、初めて会うよ」
クロエが話しかけると、楽器をしまっていた吟遊詩人の男は、顔をあげ、にこりと笑った。
「その着ている服も随分変わっているんだね」
クロエは短い髪をかきあげ、吟遊詩人の衣服を指差す。
「これは私の故郷の服で『キモノ』と呼ばれています」
と、彼は答えた。
聞きなれない単語に、あたしとクロエは思わず顔を見合わせる。
黒い髪に黒い瞳、妙な楽器に妙な物語。
奇妙な吟遊詩人が街角に立っていて、物珍しさに人だかりが出来ているという話が、マダム・バタフライの耳に入った。
マダムは、他人が自分よりも目立つのが気に入らない。
巨体を揺らしながら、その吟遊詩人がどんな奴なのか偵察してこいとあたしたちに命令した。
(逆らったら何をされるかわからないもの)
渋々こうやって街にやってきたけれど、あたしはすっかり彼の話に夢中になってしまった。
「私はクロエ。こっちの小さいのはミミ。マダム・バタフライ一座の踊り子だよ」
クロエが勝手に紹介してくれたので、一応、あたしもペコリと頭を下げた。
「あたしたち、各地を転々としているんだけど、さっきの話……『怪談』だっけ?あんな怖い話、初めて聞いたよ」
彼が話していたのは、ある令嬢の物語。
屋敷にある大きな鏡から偽者が現れて、本物の彼女と入れ代わってしまうのだ。
「鏡の自分と入れ代わるなんて」
あたしの言葉に、吟遊詩人は言った。
「鏡にまつわる怪談というのは、世界各地にあるのですが、鏡は真実を映す道具であると同時に、異世界への扉でもあるんです」
「異世界への扉?」
「はい。私の故郷では、鏡を通り抜けて異世界に迷い込む少女の物語が大変人気でした」
吟遊詩人の故郷というのはどこなんだろう。
キモノだとかいう変な服を着ているし、かなり遠くの国なんじゃないだろうか。
(それこそ、まるで異世界から来たみたいな奴だ)
「ミミ、私はそろそろ行くよ」
クロエが後ろから声をかける。
「えぇ、ちょっと待ってよ!もう少し……」
聞くことは聞いたと言わんばかりに、クロエはさっさと行ってしまった。
あたしはため息をつく。
「今は鏡の話なんか聞きたくもない、か」
「何かあったのですか?」
吟遊詩人にそう聞かれて、あたしは思わず話してしまった。
「それがさ、さっきの『怪談』じゃないんだけど、うちの一座でもあったんだよね。鏡にまつわる事件が」
「あたしたちの仲間の踊り子が一人、鏡に吸い込まれて消えちゃったんだ」