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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
知らない内に増えた誰か
54/89

二、一人目の婚約者

 吟遊詩人の演奏——その中でも特に笛の音は、まるで魔物の泣き声のようでございました。



 メイド服に身を包んだユーリさんは、笛の腕は確かでした。

 心をかき乱される物悲しげな横笛の音が部屋に鳴り響くと、それに合わせるように演奏が始まりました。

 黒髪の青年が奇妙な楽器の弦を弾き、ミミさんが鈴を鳴らし、仮面の男カイエンさんが筒のような物を叩く——


 異国——というよりは、まるで異世界から来たかのような不思議な音色でした。

 カルセオ様も、そして、その隣に座る婚約者のサニー様も、その演奏に圧倒されているご様子でした。


 そして、演奏が終わると、お二人とも顔を見合わせて力強く拍手されました。


「私、このような音楽、初めて聴きました。カルセオ様は?」

「私だって初めてさ、サニー。君と共に聴けてよかったよ」

「まあ、カルセオ様。『アナベル』とお呼び頂いても結構ですのよ」

 サニー様は明るく微笑んでおっしゃいました。


「私が、()()のアナベルですもの。どうか、信じて私をお選びください」

 カルセオ様は、サニー様を抱き寄せ

「私は、君がどんな名前だと関係ないよ。目の前にいる君自身を愛しているのだから」

と囁かれました。


「あのー」

 そう声をあげたのは、恐れを知らぬ少女ミミさんです。

「さっき、ちょっと聞きましたけど、その人が、()()()()()()()、サニー様?」

「その通りだよ」

 カルセオ様の言葉に、ミミさんは目をくるりと回し、ユーリさんは薄い笑みを浮かべました。

「婚約者って普通は一人だと思ってたんですけど。第一夫人、第二夫人、二人同時に婚約されたって事ですかぁ? 王族ってすごいですねぇ」

「男ってそういうものなの? ねぇカイエン」

「なんで俺に聞く」


「いえ、あの、違うんです」

 お二人の不遜な口調に、私はハラハラし通しでしたが、サニー様は咎めることもなく、にっこり笑っておっしゃいました。

「私アナベル=ハイドレンジャーは、カルセオ=マルベリー様と、もともと幼き頃より婚約しておりました。ただ……四年前、私が十ニ歳の時、馬車で移動中に襲われ、そのまま(かどわ)かされてしまったのです」

「え、誘拐ってこと?」

 驚くミミさんに、サニー様は頷き、言葉を続けます。


「その後、私は売り飛ばされた先で、下働きとして働いておりました。ハイドレンジャー家の娘だと、どんなに主張しても信じてもらえず、私はそこで、ただサニーとだけ呼ばれておりました。辛く、暗い四年間を前向きに過ごすのは大変でした。でも、長年私の行方を探していた両親、そしてカルセオ様のおかげで、私は戻って来られたのです!」

 サニー様はキラキラと星が瞬いているような瞳で、カルセオ様の方を見つめました。


「四年もの間、カルセオ様への想いを胸に生きておりました。辛い時は、カルセオ様が下さった愛の詩集を思い出しながら、いつも笑顔を忘れないように心がけました。このようにまた再会できたことが、私、何よりも嬉しいんです!」

「サニー……」

 カルセオ様は、立ち上がり、サニー様の手をガシっと取りました。

「大丈夫だよ。私がずっとついているから。もう何も心配いらないよ」


「あのぉ」

 今度はユーリさんが、「質問です」と声を上げました。

 ミミさんと言い、ユーリさんと言い、全く空気を読まない勇気に、このローワン感服いたします。


「じゃあ、なんでまだ『サニー』って呼んでいらっしゃるですか? ちゃんと『アナベル』って呼べばいいじゃないですか」

「それは——」

 サニー様は困ったような笑みを浮かべながらため息をつかれました。

「——それは、アナベルを名乗るお方が、()()()()現れたからですわ」


「え? もう一人……ですか?」

 思わず真顔で聞き返すユーリさんをみつめ、サニー様は頷きました。


「私がこちらに戻った時と同じ頃、『自分こそがアナベル=ハイドレンジャーだ』と主張する少女が現れたのです。彼女は、どこから聞きつけたのか、私とカルセオ様しか知らない詩を(そらん)じてみせて……。四年も経つと、顔の印象も変わるのでしょうか、家族も、カルセオ様も私が本物だと見抜けないようでして……」


 吟遊詩人のご一同は、揃ってカルセオ様に視線を注ぎました。

 カルセオ様は、堂々とその無遠慮な視線を受け止めおっしゃいました。

「その通りだ! 私の婚約者候補が二人になってしまい、私にはどちらを選ぶべきかわからないんだ!」


 胸を張ったカルセオ様に

「いや、何でわからないのさ」とミミさんもユーリさんも冷めたご様子です。

 しかし、それを全く意に介さず、カルセオ様はおっしゃいました。


「だからね、私はどちらかと言わず、両方と結婚したらいいと、そう思っているところだ!」

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