十六、笛吹きの葬送行進曲
「私はそのあと、術の切れた人たちを埋葬し、デイジー、カメリア、ジニア、そしてアイビー様に、『ネクロマンサーの笛』を聞かせました」
「ユーリ……」
「アイビー様、私の名前は、ユーリではないんです。あの男は私を四号と呼んでいました。彼の故郷では、『四』は『死』に通じる数なんだそうです。……その前は何と呼ばれていたか、もう覚えていません」
彼女は、涙を零しながら、懺悔する様に跪く。
「あの少年の声が、顔が、頭から離れなくて……彼は、アイビー様として、あの男に連れて行かれました。術のせいでみんなの記憶が曖昧になっていたので、私……思わずユーリと名乗ったのです」
「……うん。思い出してきたよ」
足に力が入らない。
ぼくはしゃがみ込んだ。
「デイジーはよく言葉使いを執事に注意されていたな。ビー様って呼び方は、ユーリ……ユリウスが言い始めたんだ。それをデイジーが真似してさ」
記憶がよみがえる……それはつまり、術が解けてきたということだ。
「ユリウスは、料理人の息子でさ。わたしのことをビー様って呼んだから、わたしは彼のことをユーリって呼んだんだ」
術が解けてきたということは、もう終わりが近いという事だ。
「カメリアは、仕事の合間に護衛の騎士の訓練に参加してさ、毎日鍛えていたんだよ。ジニアは、わたしが勉強に疲れると家庭教師の先生にあれこれ言い訳をして、サンルームに連れ出してくれたんだ。『内緒ですよ』って言ってさ」
みんな、みんないなくなってしまったのか。
そういえば、ジニアも、部屋に向かう前にフラフラとしていた。あれは、術が切れる兆候だったのか。
吟遊詩人の男が、「時間がない」と言っていたのは、ぼくにも同じ兆候が見てとれたからなのかもしれない。
「ねぇ、ユーリ。何でメイドの部屋を使わなかったの? どうしてこんな、屋根裏部屋なんかで生活していたの?」
「私なんかが……本当は、みんなの生活に混ざる資格なんてないと……ネズミみたいにひっそりと屋根裏で生活すべきなのかもって思ったんです」
「吟遊詩人の彼を見て、驚いていたのはどうして?」
「それは……私をこの島に連れてきたあの男も、黒い髪に黒い瞳だったんです。それで思わず、彼がやってきたのかと……今度は本当にアイビー様を連れて行ってしまうのかと思って——」
ぼくは立っていられなくなって、ゆっくりと横になった。
ユーリが駆け寄る。
「ねえ、ユーリ。膝枕してくれる?」
ぼくはわざと甘えたように言った。
ユーリは唇を噛み締めて、何度も頷く。
ぼくは、ユーリの膝にもたれた。
ドレスの裾がふわりと広がる。
「お願い。アイビー様……一人にしないで」
彼女はそう言い縋った。
頬を涙が伝う。
編んでもらった髪の毛もボサボサになってしまった。直してもらいたくても、それはもう叶わない。
開け放たれた窓からは、青い空だけが見える。
ぼくは、ユーリの長い髪が風にたなびくのを見つめる。
彼女の髪が金色の糸のようにキラキラと光るのを見ながら、今までのことを思い返した。
ユーリとユリウス。記憶が混ざり合う。
ユーリを大切に思う気持ちは、彼女の笛の術のせいだったのだろうか。
だったら、術が消えかけている今、彼女のことを思うこの気持ちは、一体何だろうか。
「ねえ、わたし好きだな。ユーリの笛」
ぼくは声を絞り出すように言った。
「ユーリの音、聞かせてくれないかな」
ミミが、そっと近づいてユーリに笛を手渡す。床に落ちていたのを拾ってくれたのだろう。
ユーリはその横笛をじっと見て、そして、震える手で受け取った。
彼女の笛の音が、響き渡った。
笛吹き男についていった子ども達は、どこに消えたのだろう。きっと、一人じゃなければ、何も怖くない。
デイジーも、カメリアも、ジニアも一緒だ。
視界も悪くなって、ユーリの表情もぼやける。
首を傾けると、ぼんやりと黒い影が見える。
黒い髪に、黒い服。
不思議で不気味な『怪談』の語り手。
ぼくは、吟遊詩人の方に向かって言った。
「ユーリを、お願いします」
ぼくのかすれた声が届いたわからない。笛の音で聞こえなかったかもしれない。
でも、黒い人影は、優しく頷いたような気がした。
それが最後だった。
魂をさらう笛の音——了——
今回は、少し長めの章でしたが、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。
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