十五、消えたネズミと子ども達
私が彼らを見つけたのはふらりと覗いたサンルームの中だった。
私よりも年下だろう、二人の子ども。小さいから、見落とされて今まで見つからなかったのだろう。
毛を逆立てた小動物のように、二人は殺気をぶつけてくる。
「お前、あいつらの仲間か……」
琥珀色の髪の少女が怯えた様子でこちらを睨む。
「あ…いや……」
否定したかったが、出来なかった。
そう、仲間だ。私はあいつらの仲間なのだ。
屋敷の人達に直接手を下したのは私ではない。
でも、命を弄んで、貶めた。
私も、人殺しの仲間だ。
「俺が時間を稼ぐから、ビー様は逃げて下さい!」
と、もう一人の少年が一歩前に出る。
「ユーリ、馬鹿を言うな!」と少女が叫ぶ。
「こんな時くらい、俺の言うこと聞いてくださいよ、アイビー様!」
そこで私は今まで少女だと思っていた子どもが、ドレスを着た少年だということに気がついた。
彼は少女の姿に変装していたのだ。
会話を聞くに、このアイビーと呼ばれた子が、例の跡継ぎ候補か。
一緒にいるユーリという男の子は、服装からして料理人見習いか何かだろう。
アイビーという少年も、ユーリという少年も、背格好や髪色がそっくりだ。きっと仲の良い親友のような間柄なんだろう。
友だちが一人もいない私は、彼らが羨ましかった。
だからだろうか。初めて、自分の意思で行動した。
「逃げて。誰にも言わないから」
彼らのために何かしてあげたい。そう思ったのだ。
二人は戸惑ったようだが、そのまま、連れ立ってサンルームから逃げ出した。
そして。
廊下にいた黒髪の男に捕まった。
「四号ちゃん、ナイス! 肝心の跡取り候補の坊やがまだ見つかってなかったみたいでな。いや〜この子が生き延びちゃったら意味ないからな。危なかったわ」
「おまえ…よ…くも……」
ユーリが苦しそうにもがきながら、私を睨みつける。
おそらく、私が騙したのだと誤解しているのだ。
私は何も言えなかった。彼らに私の言い訳など何の価値もない。
二人はそのまま連れて行かれてしまった。
そのまま、屋敷の中を彷徨った。
倒れているメイドたちの遺体を見つけた。
今までずっと隠れていて、とうとう見つかってしまったのだろう。逃げ出し、叫び、そして捕まった。
みんな、首を絞められている。
きっとあの男が連れてきた部下にやられたのだろう。
男の部下には、人殺しを趣味にしているような最低な奴らばかりが揃っている。
私も、その一員なのか。
もう……いやだ。
私はよろけながら屋敷の外へ出た。
外の光に目が眩む。
私はもつれる足で、男の元へ行った。
「どうしてですか?」
私は男に訊ねる。
「どうしてこんな事できるんですか? 胸は痛まないんですか」
男は頬をかいて「痛むさ」と言った。
「痛む痛む、すごく悲しい。できれば死なないでほしい。でもね、四号ちゃん。彼らは『マウス』なんだ」
「マウ…ス……?」
「そうそう、大事な実験ネズミ。彼らの死は無駄にしないぞ。遊びで殺してるわけでもない。ちゃんと、大切な実験に使っているんだ」
ネズミ……?
男の部下に殺された執事が? 家庭教師が?
私が無理やり生き返らせた、騎士が? 料理人が?
首を絞められていたメイドたちが?
あのアイビーとユーリという名前を持った少年たちが?
あの人たち、みんながネズミ?
「私……この島に残ってもいいですか?」
そんな言葉が不意に口をついた。
もしかしたら、殺されるかもしれない。
私もネズミのように実験に使われるのかもしれない。
それでもいいとすら思った。
もう、この男について行きたくなかったのだ。
男は、「んーーー」と唸りながら顎をさすり、それから「ま、いっか」と言った。
「四号ちゃん、落ちこぼれだからな。ネクロマンサーとしての能力、微妙だし。ま、いいよ。ちょっと面倒な事を起こしそうな気もするけど」
男はそう言って、ハハハッと乾いた声で笑った。
「その方がゲームは盛り上がるしな」
「ゲーム?」
「そうさ、この世界はゲームなんだ」
男は両手を広げて目を瞑る。
「異世界に飛ばされたとしても、どうせなら楽しんだもん勝ちだろう。退屈な作業ゲーとして漫然と過ごすのか、それともやり込み要素を味わい尽くすのか」
私には男の言っている事の半分も理解出来なかった。
でも、男が、この世界の人の命を少しも重く受け止めていないのは理解できた。
男の部下が、小さな身体を引きずってきた。
人形のように力なく、されるがまま引きずられる少年。
「あの……その子……」
「ああ! この男の子が例の隠し子くん。ちょっとぼろい格好してたけど、まあ言われていた背格好とも合っているようだしな。一応、仕事完了の証明に、この子だけは連れて行くからさ。他の死体は四号ちゃんが適当に片付けておいて」
そう言って、男は少年の顔をぐいと持ち上げた。
その顔を見て、必死で驚きを隠した。
ユーリと呼ばれていた少年だ。
アイビーがドレスを着ていたせいで、男はユーリとアイビーを間違えたのだ。
私は、敢えて彼の間違いを指摘しなかった。
「ネズミを殺し、子どもを連れ去る。まるで俺らは『笛吹き男』だな」
「……なんの話ですか?」
男は乾いた笑い声をたてて言った。
「気にするな。俺の故郷の物語さ」