五、笛吹き男の話
これは、私の叔父から聞いた話です。
あるところに、ネズミが大量に発生してしまった町がありました。食べ物を食い荒らし、病原菌をまき散らすネズミに、人々は苦しめられていました。
そこへ旅の男が現れます。
「もし報酬をくれるのなら、ネズミを駆除してやろう」
と話を持ちかけたそうです。
町の人々は藁にもすがる思いで旅人に頼みました。
すると、旅の男は笛を吹き始めたそうです。
なんとも軽妙で聞いていると踊り出したくなるような笛の音だったそうです。
驚くことに、町中のネズミが、笛の音につられて集まってきました。
旅人は笛を吹きながら川まで歩いて行きました。大群となったネズミはそのまま川へ飛び込んで、溺れ死んでしまったそうです。
さて、男は約束通りの報酬を要求しました。
しかし町の人々は、報酬を出し渋り、約束を守りませんでした。
男は怒り「では、代わりの物をいただこう」と言い、またもや笛を吹きました。
すると、今度は、笛の音につられて町中の子ども達が集まってきました。
男は、町の大通りを行進しました。
子ども達は次から次へと集まってきて男の後をついて歩きます。
大人が止めようとしても、無駄でした。
男を先頭に、子ども達がずらりと並び、長い行列が出来ました。
そして、笛吹き男の行進はそのまま町を出て行ってしまいました。
子ども達は二度と戻ってこなかったそうです。
これは私が子どもの頃に、聞いた話です。
話をしてくれた叔父はとても話好きの人でしたが、その話というのが、どこまでが本当で、どこからが創作なのかが曖昧で不安定なものばかりでした。
そういうところが、子どもの私にはとても魅力的でした。
しかし、虚言癖だとか、妄想癖だとか、彼を悪く言う人間もいました。そのせいかどうかわかりませんが、奥さんとも上手くいかず、「家は窮屈だ」と言って、しょっちゅう我が家に入り浸っていました。
あの日のことは今でも忘れられません。
笛吹き男の話をしてくれた彼は、幼い私にこう言いました。
「なあ、笛吹き男なんていると思うか?」
私が「実際に行方不明になった子どもたちがいるんでしょう」と言うと、彼は「そこなんだよ」と言いました。
「もし、最初から子どもなんていなかったとしたらどうする?」
意味がわからず私は首をかしげました。
彼は話を続けました。
「いいか、失踪した子どもなんていないんだ。ただ、その町には大勢の子どもが連れ去られた事件が必要だったんだ」
彼は「これは想像なんだけどな」と声をひそめました。
「ネズミの大繁殖というのは伝染病を引き起こす。その場合は国から町へ支援金が出る。町のやつら、それを狙って子どもを多く見積もって申告して、金を受け取っていたんだよ。子ども一人につき、いくらって額が受け取れるからな。そうやって町ぐるみで国を騙していたのさ」
「本当にいた人数は違ったってこと?」
「そうだ。でも、国から、子どもの実際の数を調査されそうになった。病気で死んだことにしたら、じゃあその大勢の墓はどこだって事でバレてしまう。それで、つじつまを合わせるために『笛吹き男』をでっちあげて、子どもがさらわれたことにしたんだよ」
私は、あまりの荒唐無稽ぶりに笑ってしまいました。
「町中の人が、口裏を合わせているってこと?」
「ああ、そうだ」と言って彼はハハハッと乾いた声で笑いました。
「元々存在しない子どもたちが、連れ去られていなくなった。元々いなかった人間が、つじつま合わせでいなくなる、そういう話さ」
それから、身を前へ乗り出して「なあ、ただの噂話なんだけどな」と言って、耳を寄越せと手招きをしました。
「実はな、こんな話を聞いたんだ。夜に口笛を吹くと、笛吹き男が現れて、邪魔な相手を連れ去ってくれるってな」
「邪魔な相手?」
「まあ、与太話だろうがな。消したい相手がいたら、笛吹き男に頼むらしい。噂話が一人歩きして、大元はどんな話だったかわからないが。まあいわゆる『現代の怪談』ってやつだな」
「かいだん?」
私の言葉に、叔父はゆっくりと頷きました。
「ああ、そうだ。怪しげで恐ろしい話『怪談』と呼ぶんだ。光があるところに影ができるように、怪談は、いつ、どんな場所でも、どんな世界でも存在するだ」
彼はそう言ったところで、ハッとあたりを見回しました。
そして、「笛の音がしなかったか?」と言いました。
私が怖がるのを見て、叔父は「悪い悪い」と笑ったので、おそらくあれは嘘だったのでしょう。
彼はハハハッと乾いた声で笑いました。
そして「今日はこの辺で」と言うと、叔父はそそくさと帰ってしまいました。
そして、そのまま彼は行方不明となってしまったのです。
彼の身に何が起こったのかわかりません。
しかし、あの日言っていた「笛の音がした」という彼の言葉が私はどうしても気になるのです。
彼は笛吹き男に連れ去られたのでしょうか。
では、彼の事を消したいと思ったのは、いったい誰だったのでしょう。
別れたがっていた奥さんでしょうか。
それとも、妙な事を勘ぐられたくない、どこかの町の誰かでしょうか。
もしくは、誰かを連れ去ってほしいと依頼したのは彼自身で、あの町の人のように報酬を出し渋り、その結果「代わりの物」を差し出すはめになったのでしょうか。
彼が消えてしまった以上、真実は闇の中です。