二、吟遊詩人の来訪
吟遊詩人の一行が屋敷を訪れた時、ぼくは、メイドのデイジー、ジニアと共に、二階の応接間で彼らを迎えた。
「じゃあ、皆さんは、ぼく……じゃなくて、わたしの父から依頼されて、ここにいらしたんですか?」
「ええ」と吟遊詩人はにっこりと笑った。
「アイビーさんはもちろんのこと、住み込みで働いていらっしゃる女性達のためにも、退屈しのぎにぜひ、とお父上からご依頼がありまして」
吟遊詩人はそういうと、連れの二人をぼくらに紹介した。
鳶色の髪の少女はミミ、仮面の男はカイエンと名乗った。
「まったく旦那様にも困った物ですねぇ」とデイジーが、わざとらしくため息をついた。
「ビー様をこんな孤島に幽閉したのはご自分でしょうに。そんなお気遣い、今更ですぅ」
「こらデイジー。お客様の前ですよ」
と、お茶を運んできたジニアがたしなめる。
ジニアが咎めたのは、客前でぼくを愛称で呼んだことか。それとも恐れを知らぬ毒舌の方か。
「どうせ、旦那様のことですから、様子を伺って来いとかなんとかおっしゃっていたんじゃないですかぁ?」
デイジーは、ジニアの言葉など意に介さず、肩で揃えられた髪を揺らし、可愛らしく微笑んでみせた。
「あの、父からの依頼って事は、わたしの事情は聞いてるんですよね?」
ぼくの問いかけに、吟遊詩人の男は、にこりと笑って頷いた。
「ええ、お父上からは、アイビーさんが大切なご子息だと伺っております」
「正しくは、隠し子ですけどね」
ぼくは着ているドレスをそっとつまんだ。
花びらのようなレース。整えられた爪。琥珀色の髪の毛はリボンといっしょに細かく編み込まれている。
言葉遣いも、自分のことを「わたし」と呼ぶように言われている。頑張っているけれど、気を抜くとすぐ「ぼく」と言ってしまう。
こんな格好をさせられているのには理由がある。
母を亡くしたぼくを醜い後継者争いから守るために、父はいくつかの策を講じた。
所有する小さな島——このジャルダン島にぼくを秘密裏に住まわせる事。
ぼくの周りを信頼できる使用人のみで固める事。
そして、万が一、ぼくの存在を知られても、ぼくが跡継ぎにはなり得ないと誤解させるため、日頃から女の子の格好をする事。
あの家の家督は代々、男子が継ぐことになっているためだ。
こんな変装が果たして役に立つのかわからないけれど、おかげでぼくは同い年の子どもと遊ぶことも叶わず、この島に閉じ込められる羽目になった。
そうは言っても、実はぼくは今の生活が結構気に入っている。
この小さな屋敷に、四人のメイドが住み込みで働いてくれている。
年の近いデイジーやユーリ。武芸に通じたカメリアに、勉強を教えてくれるジニア。
気兼ねなく彼女達と過ごせる時間が、ぼくにはかけがえのないものだった。
「なんか、一癖も二癖もあるメイドさん達だね」
吟遊詩人の男の隣に座っていたミミが、カイエンに耳打ちをしている。
「ああ、そうでした。船で島に到着された時、うちのカメリアが失礼をしたようで」
「申し訳ございません」とジニアが謝る。
「危うくカイエンと一騎討ちってところだったよ」
ミミは肩をすくめる。
「メイドにしてはずいぶんと腕のたつようだな」というカイエンの言葉に、ぼくは嬉しくなる。
「ビー様ったら。にやけている場合じゃないですよぉ。カメリアったら、客人に殴りかかったんですからね」
デイジーの言葉に、ぼくはハッとして、慌てて吟遊詩人達に謝罪する。
「すみません。跡継ぎ問題の件があるものですから、わたしの命を狙う刺客かもしれないと、カメリアは考えたんだと思います。本当に申し訳ないです」
ぼくの言葉に、吟遊詩人が「いえいえ——」と返事をした、その時だった。
扉がノックされ、話題の主のカメリアが顔を出して言ったのだ。
「失礼致します。お話中、申し訳ございません。ユーリが……ユーリが意識を取り戻しました」