五、扉を叩く音
僕は蓋を開けた。
手早く採集を始める。
吟遊詩人たちが帰った後、僕は手早く支度をして、コワニーさんのところに荷車を借りに行った。
荷車のお陰で、採集の効率が格段に上がった。
おかげでこうして夜中にじっくりと、自分の家で自分のペースで作業が出来る。
採集は、手が汚れるし匂いもする。
終わったらお茶を入れて休憩しよう。茶葉はまだまだ残っていたはずだ。
お茶の作り方は、来たばかりの頃にコワニーさんから教わった。苗を分けてもらい、家の横の畑で栽培を始めた。
大きな町で研究職をしていた頃は、お茶を入れて休憩するなんて考えられなかった。
気力回復薬を飲み続ける毎日。食事をとるのも面倒だった。自分の周りが皆そうだったから、それが普通だと思っていたのだ。
(あいつも、回復薬中毒だったな)
元研究仲間のあいつの事を思い浮かべ、僕は顔をしかめた。
あいつの研究の事を吟遊詩人達に話そうとして、邪魔が入ったけれど、それでよかったかもしれない。
死者のよみがえりの研究など、詳しく知らない方がいい。
あいつは、よく僕の研究を馬鹿にしていた。
『馬鹿げた行い』だとか、『人として軽蔑に値する』だとか、自分の事を棚に上げて僕の研究をこき下ろしていた。
僕からすれば、あいつの研究こそ、人の命をもてあそぶ、最低の研究だ。
数少ない死霊使いを探し出そうとしたり、無許可で墓をあばいて訴えられたりもしていた。
死者復活などできるわけがない。
余計な考えを追い出すように、僕は首を振った。
バンクシアさんへ渡す魔道具の修理はあらかた終わった。きっと喜んでもらえるだろう。
コワニーさんに貸している魔道具は、もう少し改良の余地があるかもしれない。
動きを感知する魔道具。
空中を浮遊する魔道具。
あいつには馬鹿にされた研究だったけれど、ここに来て人の役に立つ喜びを知った。
ここでなら、僕は英雄になれるかもしれない。
それだけじゃない。
僕の研究により、たくさんの英雄を生み出せるかもしれないんだ。
吟遊詩人の話からも、良いアイデアをもらった。
『変身するヒーロー』の話は、本当に興味深かった。
彼らは『怪談』を語り終えた後、村の宿屋に向かったけれど、出来ることならもう少し話を聞いていたかった。
またいつか、この村に寄ってくれないだろうか。
そこまで考えて、ふと僕は気がついた。
今日はやたらあいつのことが頭に浮かんだけれど、それはきっと、あいつが吟遊詩人と同じ黒い髪に黒い瞳だったからだろう。
この辺りではなかなか見ない、珍しい髪の色だ。もしかしたら同郷なのかもしれない。
そんな事を考えていた時だった。
——コン、コンコン
扉が、叩かれた。
こんな時間に誰が来るというのか。
モンスターじゃあるまいし。
思わずそう考えて背筋がぞくりとした。
昼間に吟遊詩人から聞いた話を思い出す。
モンスターは、何度も扉を叩く。
一度目は、魔物が脅しつけて扉を開けさせようとした。
二度目は、魔物が女に化けて扉を開けさせようとした。
そして三度目は、魔物が昔の仲間に化けて、言葉巧みに開けさせようとした。
この扉の向こうには、モンスターがいるのだろうか。
それとも——昔の仲間がいるとでもいうのだろうか。
——コン、コンコン
また、扉が叩かれる。
墓をあばくモンスター。
まるであいつのようだ。
あいつは、開けてはいけない扉を開け、人間の領分を越えようとしていた。
どうして人は、開けてはいけない扉を開けてしまうのか。
娘の正体を知ってしまった老夫婦のように。
忠告を聞かず中を覗いて、見てはいけないものを見てしまう。
——コン、コンコン
扉が叩かれた。三回目だった。
僕はゆっくりと扉へ近づいた。
開けるか、開けないか。
外にいるのは、モンスターか、それとも。
僕は扉を開けた——。