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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
開けてはいけない扉
33/89

五、扉を叩く音

 僕は(ふた)を開けた。


 手早く採集を始める。


 吟遊詩人たちが帰った後、僕は手早く支度をして、コワニーさんのところに荷車を借りに行った。

 荷車のお陰で、採集の効率が格段に上がった。

 おかげでこうして夜中にじっくりと、自分の家で自分のペースで作業が出来る。

 

 採集は、手が汚れるし匂いもする。

 終わったらお茶を入れて休憩しよう。茶葉はまだまだ残っていたはずだ。


 お茶の作り方は、来たばかりの頃にコワニーさんから教わった。苗を分けてもらい、家の横の畑で栽培を始めた。


 大きな町で研究職をしていた頃は、お茶を入れて休憩するなんて考えられなかった。

 気力回復薬(エナジードリンク)を飲み続ける毎日。食事をとるのも面倒だった。自分の周りが皆そうだったから、それが普通だと思っていたのだ。


 (()()()も、回復薬中毒(ドランカー)だったな)


 元研究仲間のあいつの事を思い浮かべ、僕は顔をしかめた。

 あいつの研究の事を吟遊詩人達に話そうとして、邪魔が入ったけれど、それでよかったかもしれない。


 死者のよみがえりの研究など、詳しく知らない方がいい。


 あいつは、よく僕の研究を馬鹿にしていた。

 『馬鹿げた行い』だとか、『人として軽蔑に値する』だとか、自分の事を棚に上げて僕の研究をこき下ろしていた。


 僕からすれば、あいつの研究こそ、人の命をもてあそぶ、最低の研究だ。

 数少ない死霊使い(ネクロマンサー)を探し出そうとしたり、無許可で墓をあばいて訴えられたりもしていた。


 死者復活などできるわけがない。


 余計な考えを追い出すように、僕は首を振った。

 バンクシアさんへ渡す魔道具の修理はあらかた終わった。きっと喜んでもらえるだろう。

 コワニーさんに貸している魔道具は、もう少し改良の余地があるかもしれない。


 動きを感知する魔道具。

 空中を浮遊する魔道具。

 あいつには馬鹿にされた研究だったけれど、ここに来て人の役に立つ喜びを知った。


 ここでなら、僕は英雄(ヒーロー)になれるかもしれない。


 それだけじゃない。

 僕の研究により、たくさんの英雄(ヒーロー)を生み出せるかもしれないんだ。


 吟遊詩人の話からも、良いアイデアをもらった。

 『変身するヒーロー』の話は、本当に興味深かった。

 彼らは『怪談』を語り終えた後、村の宿屋に向かったけれど、出来ることならもう少し話を聞いていたかった。

 またいつか、この村に寄ってくれないだろうか。 


 そこまで考えて、ふと僕は気がついた。

 今日はやたらあいつのことが頭に浮かんだけれど、それはきっと、あいつが吟遊詩人と同じ黒い髪に黒い瞳だったからだろう。

 この辺りではなかなか見ない、珍しい髪の色だ。もしかしたら同郷なのかもしれない。



 そんな事を考えていた時だった。


——コン、コンコン


 扉が、叩かれた。


 こんな時間に誰が来るというのか。

 モンスターじゃあるまいし。


 思わずそう考えて背筋がぞくりとした。

 昼間に吟遊詩人から聞いた話を思い出す。


 モンスターは、何度も扉を叩く。


 一度目は、魔物が脅しつけて扉を開けさせようとした。

 二度目は、魔物が女に化けて扉を開けさせようとした。

 そして三度目は、魔物が昔の仲間に化けて、言葉巧みに開けさせようとした。


 この扉の向こうには、モンスターがいるのだろうか。

 それとも——昔の仲間がいるとでもいうのだろうか。


——コン、コンコン


 また、扉が叩かれる。


 墓をあばくモンスター。

 まるであいつのようだ。

 あいつは、開けてはいけない扉を開け、人間の領分を越えようとしていた。


 どうして人は、開けてはいけない扉を開けてしまうのか。

 娘の正体を知ってしまった老夫婦のように。

 忠告を聞かず中を覗いて、見てはいけないものを見てしまう。


——コン、コンコン


 扉が叩かれた。三回目だった。

 僕はゆっくりと扉へ近づいた。

 

 開けるか、開けないか。

 外にいるのは、モンスターか、それとも。



 僕は扉を開けた——。

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