三、彼女の指輪
ティオーラに、どうやって失せ物探しをしているのか聞いた事がある。
「道筋が見えるのよね」
彼女はそう言って、紅い爪をスッとたてた。
「あたしには、失くした物への道筋みたいなものが赤くぼんやりと光って見えるの。それを辿るだけよ。そうすれば、大抵の物は見つかるから」
「赤い道かぁ」と話を一緒に聞いていたネモが感心したように頷いた。
「あたしは、ずっと、失くした物が持ち主の所に帰りたがって、道筋を教えてくれているのかと思ってたんだけど……」
ティオーラは、紅い指先をひらめかせながら、ふっと笑った。
「あの赤い道は、失くした物への『未練』なのかもね」
「未練?」
思わず聞き返すと、彼女は寂しそうな顔でこちらを見た。
「依頼人の、失せ物に対する未練が、あたしには赤い道となって見える、それだけの事かもしれない。今まで軽んじていたけれど、失くしたしまうと、途端に大切に思えてくる。急に未練がましくなるって事、あるでしょう?」
彼女の言葉に、俺がなんと答えたか。
記憶を辿ってみたけれど、全く思い出せなかった。
そもそも、俺にとって彼女の存在はその程度だったのだ。
♢ ♢ ♢
俺が差し出した指輪を前にして、吟遊詩人の男は試すような顔でこちらを見つめる。
我ながら、随分と胡散臭い話だと思う。
「いや、担いでいるわけじゃない。本当だ。こいつは、別れた女の指輪なんだ」
俺は慌てて訳を話す。
「何度捨ててもいつのまにか戻ってくるんだ。床に落ちていたり、枕元に置いてあったり」
男は「よろしいですか」と指輪を受け取った。
指輪は、ティオーラに贈ったものだ。
何が理由だったか忘れたが、機嫌をとりたくて安物を買ったのだ。
紅く光るのは宝石や魔法石などではなく、ただの安物のガラスだ。
適当に買ったので、サイズがあっていない。
ティオーラの細い指にはブカブカだったようで、彼女はよく落としていた。
床に転がる指輪を拾いながら、彼女は笑っていた。
「大丈夫。もし失くなっても、失せ物探しはあたしの専売特許だからね」
ティオーラは長い爪を見せびらかすようにヒラヒラと振った。
紅く塗られたその爪には、細かい金の紋様が描かれていた。
「どこで落としたって、絶対に見つけられるわ」
だが、結局彼女はいなくなり、指輪は俺の手元に残った。
ティオーラが消えたからというもの、俺は彼女の事ばかり考えてしまう。
捨てたこともあれば、売ったこともあった。
それでも、俺のところに戻ってきた。
吟遊詩人はまじまじと指輪を見ながら
「持ち主は、どんな女性だったのでしょうか」と聞いてきた。
「いや、どんなって」
どんな。
ティオーラはどんな女だったのだろうか。
俺はティオーラの何を知っていたのだろうか。
「たぶん…普通の女だよ。職業は占い師でさ、失せ物を判じたりなんかして、結構稼いでいたと思うが」
「どうして別れてしまったんですか」
「それは……」
口籠もっていると、途中から話を聞いていたのか「ティオーラの話か」とネモが入ってきた。
「くっついたり離れたり、それの繰り返しでさ。別れを切り出すのは、いつもこいつの方から。毎回それですったもんだでね。とうとうティオーラの方が愛想をつかしたんじゃないのか?」
「おい、やめろって」
「お前いつも女を捨てる側だったんだ。たまには捨てられる側になってみるんだな」
ネモがここまで絡んでくる理由を俺は知っている。
あえて気がつかないふりをしてやっていたが、ネモはティオーラに気があったのだ。
「こんな奴のどこがいいんだか。とにかくティオーラはこいつに夢中だった」
絡んでくるネモにうんざりして、俺は逃げるように出口に向かった。
店の外に出たところで、後ろから声をかけられた。
吟遊詩人の男だった。
「こちらをお返しします」と差し出してくる手には、ティオーラの指輪があった。
「ああ、そうだった。忘れてたな」
指輪を受け取りながら考える。
(こいつに押し付けても、指輪は俺の所に戻ってくるのだろうか)
「ひとつ、気になるのですが」
黒ずくめの男が言った。
「この指輪、本当に呪いがかかっているのでしょうか」
「今なんて?」
俺は思わず聞き返した。
「何度捨てても戻ってくるんだぞ。呪いだとか魔術だとか、そういう力のせいに決まってるだろう」
「指輪を戻しに来たのは、その別れた女性なのでは?」
(何だって?)
「この指輪はただのアクセサリーで、なんの魔力もありません。となると、やはりどなたかが指輪を拾って戻したのだと思います」
「どなたかって……」
それはまるで、先程の話のようだ。
首飾りを拾ってくる呪われた旦那。
「一番考えられるのは、その別れた女性が拾って来——」
「いや、それは絶対にない」
きっぱりと言も断定した俺を見て、男はクスリと笑った。
「……? 何だ?」
「いえ、失礼しました。ただ、随分はっきりと言い切るんですね」
吟遊詩人はこちらの目をじっと見つめて言った。
「どんな女性かお聞きした時は、随分と言い淀んでいらしたのに、今回は、絶対などとはっきりおっしゃるものですから」
「ああ……いや、そりゃあ、そうだろう。指輪だけ置いていくなんて気味の悪いことをしたって何になるんだ」
店の前で、黒ずくめの怪しい男と話し込んでいるせいか、通行人がジロジロとこちらを見ていく。
なんとなく居た堪れなくなって、俺は家に帰ることにした。
「まあ、きっと気のせいだろう。酔っていて、自分で拾ってきちまったのかもしれないしな。ああ、もしかしたら——」
俺はなんとなく軽口を叩きたくなって言った。
「そう、もしかしたら、指輪に足が生えて歩いてきたのかもしれないだろう」
男は、ゆっくりと頷いた。
「そうですね。そうかもしれませんね」