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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
開けてはいけない扉
29/89

一、錬金術師のスローライフ

 僕は扉を開けた。

 そこには吟遊詩人の一行が立っていた。


「ああ、いらっしゃい。よく来てくれましたね」


 僕は彼らを中へ招き入れる。

 細身の黒づくめの男、鳶色の髪の小柄な少女、仮面を被った赤髪の男……。

 異様な風体の集団だけど、村で彼らが披露していた『怪談』を聞いて、僕はすっかり夢中になってしまった。

 ぜひ後で家に来てくれないかと頼んだところ、快諾してもらったのだ。


「僕『怪談』というのは初めて聞きましたけど、本当に素晴らしかったですよ。なんだか研究にインスピレーションをもらえそうです」

「ありがとうございます、アリウムさん。お招き頂き光栄です」


 そう挨拶したのは、おそらくリーダー格であろう黒づくめの男だ。

 黒い髪に黒い瞳、黒い衣服をまとっている。


 鳶色の髪の少女と仮面の男は、物珍しげにきょろきょろと家の中を見回している。

 僕の家は、文字通り、物で溢れている状態だ。

 片側の壁に並んだ本棚には専門書を詰め込んでいて、そこに収まらなかった本は床に積み上げたままだ。もう片方の壁には薬品棚や、大小様々な魔道具が置いてあって、天井からは、干した植物や骨がぶら下がっていた。


「散らかっていて申し訳ない」

 僕はそう言って、三人に椅子を勧めた。


「おじさん、有名な錬金術師なんだってね」

「ああ、村の人に聞きましたか」


 小柄な少女——確か村で声をかけた時はミミと名乗った——にそう言われ、僕は照れくさくなって頭をかく。

 

「すごい発明をたくさんしてる有名人なんだってね。魔道具の小型化にも成功したって。誰でも魔道具を持ち歩けるなんてすごいよね」

「ありがとうございます。僕の研究テーマは、まさにそれなんです」


 僕は、自分で収穫した茶葉をポットにいれて、沸かしたお湯を注ぐ。香りがしてきたところで、カップにお茶を入れ、テーブルに並べた。


「魔力のない人でも、魔術を使えるように。体力のない人でも、武術を使えるように。これが僕の永遠の課題です」

「へえ、おもしろいな」


 そう声をあげたのは赤い髪の男——カイエンだ。ミミが横から「おもしろいのはあんたのお茶の飲み方だよ」と呆れた声で言う。その言葉通り、カイエンは少しずらした仮面の隙間から、器用にお茶を飲んでいる。


「魔力のない人間でも魔術を、というのは何となくイメージが出来るが……体力のない人間が武術を、というのはどういうことだ?」


「たとえばですね」

 カイエンに質問され、僕は嬉しくなって説明した。


「武術に優れた人は、重い物でも軽々と持ちあげられるでしょう。石を割り、岩を砕き、木を倒す。腕力のない人でも、発明の力を借りてそういったことが出来るようになれば、女性や年寄りでも、力のある男性がやっている仕事をできるようになる。そうすれば、生活がもっと豊かになる。そう思いませんか?」


 一度スイッチが入ると、なかなか止まらないのが、僕の悪い癖だ。


「そもそもですね、この地上はエネルギーに満ちています。それを食事として摂取した場合に、体力に転換できる人間と、魔力に転換できる人間がいるわけです。大抵はどちらかに偏ってしまう。魔術の使える剣士や、武道に通じた魔術師が希少なのはそういうわけです。まあ、例外というのはあるわけで、どちらの素質も持っている人間が活躍し、英雄(ヒーロー)などと呼ばれます。しかし、それでは生まれ持った才能のみで人生が決まってしまうことになる。僕は、たとえ才能がなかったとしても、努力によりそれをカバーできる、そんな未来を——」


「わかったわかった。おじさん、ちょっともうそこら辺で」

 ミミが僕の演説を切り上げる。


 僕は「すいません」と頭をかいた。

「どうも研究の事になるとこの調子で」


「でも、すばらしいと思いますよ」

 吟遊詩人の男が言う。


「私の故郷でも、アリウムさんのような矜持を持って研究にあたる方たちのおかげで、生活が支えられていましたし、人の命が救われることもありました。本当にすばらしいことだと思います」


 男の言葉に僕は感極まって、思わず涙目になってしまった。

「すみません……いえ、ありがとうございます」


 僕は、鼻をすすって椅子に座り直した。


「僕、本当はそんな大した人間じゃないんです。スローライフっていうんですかね。そういうのをしたくてこの村に来たんです。作物を育てたり、必要な物の採集に出かけたり。人のためになる魔道具を開発して、村の人の助けになるのが、生きがいみたいになっています」


 僕は、両手でカップを抱え、ゆっくりお茶を飲む。


「昔は、大きな町にいたのですが、そこで研究仲間と仲違いしまして。すっかり嫌になってこの村に移住したんです」


 僕は、扉の方をじっとみつめた。

 仲間と言い争った日のことは今でも鮮明に思い出す。


「あいつの命をもてあそぶような研究に、僕はどうしてもついていけなかった」


「それってどんな?」とミミがおそるおそる訊ねる。


 僕は、首を振って「あいつは、開けてはいけない扉を開けようとしたんです」と言った。


「人類のヒーローになる。そんな馬鹿な事を言って、禁断の研究の虜になってしまった」


 僕は、吐き捨てるように言った。


「あいつの研究は、()()()()()()()()です」


 その時だった。

 入り口の扉が、大きな音でノックされた。

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