六、剥がされた仮面
振り返ると、仮面の男がいた。
白い獣のつり目がこちらを睨んでいるようだった。
「ひいぃぃっ」
ゼラは悲鳴をあげて腰を抜かした。
イベリスは路地から飛び出した。
あの仮面の話は嘘だ、ただの噂だ。
しかし、あの恐ろしさは、身の毛のよだつような存在感はなんだったのか。
足をもつれさせて転がった所に、女がいた。
イベリスは、すがるように飛びつき助けを求めた。
「助けてくれ! 今そこに、か、仮面を被った男が……!」
女はイベリスを見下ろしていった。
「それは、こんな顔かい?」
女の顔には、仮面が張り付いていた。
つり目の、不気味な獣の仮面だ。
「うわああああっ」
イベリスは、女を突き飛ばした。
慌てて逃げ出し、息も絶え絶えになって一軒の屋台に逃げ込んだ。
「た、助けてくれ、大変なんだ!」
「どうしました、そんなに慌てて」
店主は仕込みの準備をしているようで、こちらに背を向けたままだ。
「き、聞いてくれ!すぐそこに、ば、ば、ばけものがいたんだ」
「化物? 一体全体、どんな化物がいたんです?」
イグリスは、なんとか声を絞り出して言った。
「仮面だ! 仮面をつけていたんだ! か、仮面の男…男がこっちに来る!」
すると、後ろを向いていた店主が言った。
「それは、こんな顔かい」
振り向いた店主の顔には、白い獣の仮面がーー。
「ひいいいいいぃぃっ」
イベリスは屋台を飛び出した。
そんなイベリスを人々は遠巻きに見ている。
目配せをし合い、口を寄せ合い。
チラチラと見て、ヒソヒソと話し、クスクスと笑う。
皆、仮面をつけていた。
仮面に描かれているつり目は、笑っているようでもあり、怒っているようでもあった。
みんな、顔を奪われたのか。
だから仮面をつけているのか。
仮面の化物はどんどん増えていくのだ。
顔を見せずに人を追い込む快楽は、伝染し、増殖する。
数が増えれば増えるほど、自分達は正しいのだと錯覚する。人を追いつめるのが使命とでも言うように、破滅させるまで止まらない。
イベリスは仮面の化物に囲まれていた。
——俺は顔を潰されたようなものだ。
——俺の顔を潰すような真似はするなよ。
顔を潰されて怒っているのは、カイエンか。アスターか。
「そうだよ! 俺だよ。あいつの顔を潰したのは俺だよ! 許してくれ、もう許してくれ!」
そこからはもう、無我夢中で走った。
ゼラはどうなったのだろう。
腰を抜かした彼を、振り返りもせずに置いてきてしまった。
そのまま逃げて、町のはずれまで来て、イベリスは倒れ込んだ。
息が切れて、もう走れなかった。
背後に気配を感じた。
気配は大きくなり、倒れ込んだイベリスの上に影が落ちる。
仮面の男だ。
振り返った時、俺はどんな顔をしているのだろうか。
仮面のような顔か。
それとも、もうとっくに俺は自分の顔など無くしてしまっているのではないか。
イベリスはゆっくりと振り返った。
そしてそのまま気絶してしまった。
町では、先程の騒動で話題が持ちきりだった。
「今のイグリスだったよな」
「俺が潰したって言ってたわよ」
「早く! 誰か警備隊を呼んで来い」
誰も、仮面などつけていなかった。
彼が見たのは、幻か、それとも。
人は、自分が仮面の化物になっていることに、自身では気づかないものかもしれない。
その後、男が一人、吟遊詩人達と共に町から立ち去った。
染め損ねた赤い髪が一房、風にたなびいていた。
化けの皮が剥がされたのだ。
剥がれない仮面——了——
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