五、仮面をつけた化物
「おい、ゼラ」
イベリスは、身を隠すようにして歩くゼラを呼び止め、そのまま裏道に引っ張って行った。
「なんの用だ」
「なんの用だじゃないだろう。話が違うじゃないか」
ゼラはイベリスの手を振り払って睨みつけた。
「話が違うは僕のセリフだ。お前、殺した後アスターの顔を潰したのか? なんでそんな余計なことをした」
「違う! 俺はそんなことしていない!」
アスターを殺した時はせいせいしたし、その顔をもう二度と見ることもないと思うと嬉しかった。
しかし、アスターの顔をわざわざ潰したりはしていない。
アスターを殺し、カイエンにその罪を着せる。
噂を流して追い込めば、カイエンは町を逃げ出さずを得なくなる。
そうすれば、皆カイエンが犯人だと余計信じ込むだろう。
ゼラの計画を始めて聞いた時は上手くいくと信じて疑わなかった。
だが、別の噂が町に広まり、計画を阻んだ。
町のあちこちに出没する、仮面の男の話だ。
妙な吟遊詩人が、噂の出所らしいが、定かではない。
死んだのはカイエンの方だとか、アスターが仮面に取り憑かれただとか、アスターが人の顔を剥いで回っているだとか、皆が面白おかしく脚色し、町中が仮面の男の噂話に熱狂している。
(こんなはずじゃなかった)
イベリスは回復治療士だ。どんなパーティにも必要不可欠な存在だ。しかし、その有り難みをアスターはわかっていなかった。
——このパーティの顔は俺だからな。
——俺の顔を潰すような真似はするなよ。
軽口のフリをしながら、アスターはイベリスのこともゼラのことも、自分より格下だと思っていた。
アスターは「守ってやっている」という態度を崩さなかった。
(剣を扱える奴が一番偉いと思っていやがった)
討伐は、命を削るような仕事だ。
命を預かっているのは、俺の方だ。俺が、皆の命を握っている。
俺がいなければ、パーティは全滅するんだ。
アスターへの憎しみは日に日に強くなって行った。
建前では信頼し合った仲間のように振る舞っているのが苦痛だった。
自分の顔に張り付いたような笑顔が嫌で嫌でたまらなかった。
イベリスは自分の被っている仮面が憎かったのだ。
(これで解放されると思っていたのに)
根も葉もない噂に踊らされている町の人は、寄ってたかって適当なことを言ってくる。
——聞いたよ、あんた。アスターさんの話。
——なあ、イベリス。お前がアスターに曰く付きの仮面を渡したのか?
——お前も殺されそうになったのか? だからカイエンを差し向けたのか?
顔では、同情的な表情を浮かべ、擦り寄ってくる。
だけどそれは全て偽物だ。
憐れみの仮面、悼みの仮面、情けの仮面。
皆、仮面をかぶっているだけなのだ。
「あんなのはただの噂話だ。俺はあいつの顔を潰してない。曰く付きの仮面だ? そんな物、アスターは持っていなかったぞ」
「でも、それをどうやって証明する?」
ゼラは冷たく突き放すように言った。
「皆の前で叫ぶのか? アスターは顔なんて潰されてなかったって。警備隊に言いにいくのか? 仮面なんて持ってないって」
「それは……」
「無理だよな。なんでお前がそんなこと知ってるんだって、そう問い詰められたら終わりだもんな」
ゼラは、クソッと吐き捨てて、イベリスに背を向けた。
「アスターが抜けた分は、カイエンのようなフリーの傭兵で補えばいいと思っていた。そうすれば、アスターがいた時よりも報酬の取り分も増える。でも、こんな状況で誰が僕たちとパーティを組もうと思う? 僕らは、顔を剥がしに来る仮面の男に付け狙われてるんだぞ?」
「落ち着け、ゼラ。ただの噂話だ」
「黙れ!」
ゼラはそう言って、ジリジリと後退りをした。
「僕は殺してない。殺したのはお前だ。僕はただ、カイエンに術をかけただけだ」
そう言われてイベリスは、ようやくゼラの思惑が読み取れた。
(こいつ、俺を警備隊にチクるつもりだ)
「お前…自分だけ助かろうとする気か……」
イベリスが、ゼラを睨みつけた時だった。
ゼラが真っ青な顔で、イベリスの後ろを見た。
「そんな…か、か…かめん…」
振り返るとそこには、つり目の獣の仮面をつけた男が立っていた。