三、被せられた仮面
「この妙な仮面が、あんたが言っていた『必要なもの』か?」
カイエンが訝しげに訊ねる。
ここは吟遊詩人達が泊まっていた部屋だ。
カイエンが手渡されたのは、つり目の白い獣の仮面だった。
「急ごしらえですが、なかなかの出来です」
と吟遊詩人は満足そうだ。
「あたしには、なんだか可愛く見えるけどね。この耳とか特に」
とミミが覗き込む。
吟遊詩人はにこやかに笑いながら「それは『オキツネサマ』の仮面です」と言った。
「この『オキツネサマ』は、以前お話ししたムジナと同じような獣ですが、人を殺める言い伝えもあれば、神の使いだと崇める地域もあります」
「あんたの故郷ってのは本当に変わった所なんだな」
カイエンは、そう言いながら仮面をかえすがえす眺める。
「ところで、アスターさんを殺した下手人は、十中八九、イベリスさんでしょう」
唐突に、あまりにも簡単にそう言われて、カイエンは仮面を取り落としそうになった。
「は? 回復治療士のイベリス? 仲間のあいつか?」
「え? パーティの一人だよね? 先生、なんでなんで」
ミミも吟遊詩人に詰め寄る。
「カイエンさんは、昨日、ゼラさん達は術でもかけられたのかとおっしゃっていましたが、違います。術をかけられたのは、カイエンさん、あなたです」
「俺?」
「魔道士のゼラさんが、カイエンさんに術をかけたのです。そのせいで誰もカイエンさんを見ていなかったのです」
「まってくれ、先生。どういうことだ」
慌てるカイエンに「あなたまで先生などと呼ばないでください」と吟遊詩人は顔をしかめる。
「カイエンさんは、魔術によってイベリスさんの姿に見た目を変化させられていたのです。だから皆、あなたをイベリスさんだと勘違いしていて、あなたの姿を見ていなかったのです」
「なるほどね……カイエンだけ魔術をかけるんだったら、大量の魔力は必要ないね!」
ミミが納得したように頷く。
「カイエンさんに魔術をかけ、あたかもゼラさんとイベリスさんが酒場で飲んでいたかのような目撃証言を作っておく。その間に、イベリスさんが路地裏にアスターさんを呼び出し、油断したところを刺し殺す。イベリスさんは、酒場で目撃されているので、犯人候補から外れ、代わりに誰にも目撃されていないカイエンさんに疑いの目が向くわけです」
「それじゃあ、ゼラが俺を飲みに誘ったのは……」
「もちろん、あなたを嵌めるためです。おそらく、アスターさんを殺害するのも、ゼラさんとイベリスさんの二人で綿密に計画をたてていたのでしょう」
あの二人がグルだったのか……とカイエンは頭を抱えた。
ミミがカイエンの肩をポンポンと叩き
「まあさ、町中がグルだったわけではなかったんだから、マシなんじゃないかな?」
と励ますが、全くフォローになっていなかった。
「つまりカイエンさんは、例えるなら勝手に仮面を被せられていたようなものです。お酒も入っていたようですし、自分がまさか他人の顔をした仮面を付けているとは気がつかなかったでしょう」
そして、吟遊詩人は聞こえるか聞こえないかの声で
「私の故郷では、現場不在証明のためにあの手この手を考えるのですが、こちらでは魔術で片付くんですから……便利というか、安易というか…」
と、小さく一人ごちた。
「それで、俺はこれからどうすればいいんだ」
「それはですね、まず、その赤い髪を染めて下さい」
「え?髪を染める?」
カイエンは話についていけず、眉を寄せた。
「染料はミミさんに買ってもらいましょう。確か、アスターさんの髪は、濃い茶色でしたね」
ミミが、任せなさいと胸を叩く。
「髪を染めたら、ここからが『オキツネサマ』の出番です。その仮面をかぶって、町中をウロウロしてください」
「これを付けて人前に出るのか?そんな、俺だとバレたら——」
「バレませんよ。仮面をつけているので」
慌てるカイエンを、吟遊詩人の男は冷静になだめた。
「いいですか、顔のない化物は、時に勝手に仮面を被せてきます。自分の顔は明かさないで、言いがかりや揚げ足取り、謂れのない誹謗中傷で人を追い込もうとしてきます。そして、追い込まれた人は、自分の顔を奪われることすらあるのです」
(俺も、優秀な傭兵という顔を奪われたのか)
「一度つけられた仮面は、そう簡単には剥がせません。無理に剥がそうとすると、素の顔まで傷ついてしまいます」
吟遊詩人は、人差し指をたて、ピッとカイエンの持つ仮面を差した。
「そういう時は、仮面の上から、別の仮面を被ればいいのです」