二、呪いの首飾り
これは、ある夫婦の話です。
ある日夫が、アンティークの首飾りを買ってきました。
妻の好みのデザインではありませんでしたが、夫が「絶対君に似合うから」と勧めるので、ありがたく受け取りました。
しかし、その日以降、妻は悪夢にうなされるようになりました。
首をしめられる夢を毎夜のようにみるのです。
とてもリアルで、目が覚めても息苦しさが残っていました。
あの首飾りに原因があるのではないか、何となくそう思った妻は、夫には内緒で、首飾りを知り合いにあげてしまったのです。
ところがある日、身支度中にふと引き出しを開け、妻は驚きました。
そこには例の首飾りがあったのです。
不審に思った妻は、首飾りをあげた知人に連絡をとりました。
「しまっていたはずなのに、いつの間にかなくなった」と言うのが知人の返答でした。
気味が悪くなった妻は、その首飾りを捨ててしまいました。
しかし、しばらくすると妻はまた悪夢を見るようになりました。
首を絞められる夢。
もがき苦しむ夢。
朝起きたら、首にくっきりと手の跡がついていた日もありました。
そこで家の中探してみると、やはり首飾りが見つかりました。
いつの間にか戻って来ていたのです。
彼女は恐ろしくなり、首飾りを袋に入れて厳重に縛り、何度も確認して捨てました。
しかし、これで終わりではありませんでした。
棚の上に。
引き出しの中に。
枕元に。
いつのまにか戻って来ているのです。
何度捨てても首飾りは戻ってきました。
夫に相談しても真剣に取り合ってくれず、気のせいだと言われるだけでした。
妻はどんどんと追い詰められ、とうとう夫が首飾りを買った店を調べ出し、直接話を聞き出す事にしました。
その店は、アンティークのアクセサリーを扱う骨董店でした。
「この首飾り、どういう謂れがあるんですか」
店に着くなり、妻は店主を問い詰めました。
店主も最初は言い渋っていましたが、妻のしつこさに音を上げて、重い口を開きました。
「気を悪くしてもらっちゃ困るんだがね。前の持ち主は、亡くなっているんだよ」
「まさか、首を絞められて殺されたんじゃ……」
「いや……まあ、そうだね……」
店主の歯切れの悪い口調が気になり、妻は店主に詳しく話すよう詰め寄りました。
「実はね……前の持ち主、縛り首で亡くなったんだよ」
「しばり……くび……? それって、死刑って事ですか?」
「まあ……そうだね」
妻は驚きました。
それと同時に深く納得しました。
きっとこれは、呪いの首飾りなんだ。
私も呪われてしまったんだ。
どうせ今ここで返品したところで、また私の元に戻ってくるに違いない。
妻は覚悟を決めました。
彼女は教会に首飾りを持ち込みました。
教会の神父に呪いを解いてもらおうと思ったのです。
妻から一通り話を聞いた神父は、首飾りを前にして妙な顔をしました。
何やら考え込んだあと、妻にこう話を持ちかけました。
「今ここで呪いを解こうとしても、問題は解決しないと思います。あなたが悪夢を見るのは夜中でしょう? その時間帯に立ち会わせて下さい」
それで呪いがとけるなら、と妻は神父を自宅へと案内しました。
「くれぐれも、ご主人には内密に」
そう言って神父は、夫が帰ってくる前に、クローゼットに隠れました。
妻は、こんな状況で眠れるわけがないと思っていたのですが、連日の悪夢で寝不足になっていたせいか、いつの間にか眠ってしまいました。
そして、大きな物音と、怒鳴り声で目を覚ましたのです。
ベッドの脇で神父が、男を必死に取り押さえていました。
そして、彼は叫びました。
「奥さん、首を絞めていたのはご主人だったんですよ!」
あまりの形相に最初はわかりませんでした。
しかしよく見れば、取り押さえられているその男は、彼女の夫だったのです。
知人にあげた首飾りを取り返してきたのも夫。
捨てた首飾りを何度も拾ってきたのも夫。
そして、夜中に妻の首を絞めていたのも夫。
何度捨てても戻ってくるなどという呪いは、首飾りにかかっていませんでした。
首飾りにかかっていたのは、首を絞めたくなる呪いだったそうです。
呪われてたのは、妻ではなく、夫の方だったのです。
後々わかったのですが、絞首刑になった前の持ち主の罪状は、三人の女性への殺人罪だったそうです。
被害者は全員、首を絞められていたそうです。
♢ ♢ ♢
「私の生まれ故郷では、こう言った怪しげで恐ろしい話を、『怪談』と呼びました。光があるところに影ができるように、怪談は、いつ、どんな場所でも、どんな世界でも存在します」
男はそう言って、弦を弾いた。
——ベェェェーーン……
それが、終わりの合図だったようだ。
なんとなく場の空気がふっと緩んだ気がした。
ガヤガヤとした喧騒が戻り、男に小金を渡して帰る客もいた。
「アングレ、どうする? 一杯やっていくか」
ネモの誘いを断り、俺は吟遊詩人に近づいた。
「なあ、あんた。あの話は、本当にあった事なんだよな」
男は穏やかな表情のまま「吟遊詩人の語る物語ですよ」と言った。
「嘘か本当かわからない。そこも含めてお楽しみいただければ……」
「いや、ケチをつけたいわけじゃないんだ」
俺は懐にあった指輪を出してた。
吟遊詩人が首飾りの話をしている間、俺はずっとこれを握りしめていた。
そうせずにはいられなかった。
とても他人事とは思えない話だったからだ。
「多分、これもそうなんだ。これも呪われたアイテムなんだ」
黒ずくめの男は訝しげな顔だ。
そんな彼に俺は指輪を差し出した。
「これは、捨てても戻ってくる呪いの指輪なんだ」