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異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
剥がせない仮面
19/89

一、顔のない化物

 ある旅人の話です。

 夜道を歩いていると、うずくまって泣いている女性がいたので、声をかけました。


「こんなところでどうしましたか」


 女は泣くのを止め、顔を上げました。

 旅人は驚きました。

 女には、目も口も鼻もついていなかったのです。


「ば、ば、ばけもの!!」


 慌てて逃げ出し、息も絶え絶えになって一軒の屋台に逃げ込みました。


「た、助けてくれ、大変なんだ!」


「どうしました、そんなに慌てて」


 店主は仕込みの準備をしているようで、こちらに背を向けたままです。


「き、聞いてくれ!すぐそこに、ば、ば、ばけものがいたんだ」


化物(ばけもの)?一体全体、どんな化物がいたんです?」


 旅人は、なんとか声を絞り出して言いました。


「顔だ!顔がなかったんだ!か、顔がない女が…女がそこにいたんだ!」


 すると、後ろを向いていた店主が言いました。


「それは、こんな顔かい」


 くるりと振り向いた店主には、顔がありませんでした。

 旅人はそのまま気絶してしまいました。




——ベェェェン……


 語り終えた黒髪の男が、抱えている楽器の弦を弾く。

 すると、後ろに控えていた少女が鈴を鳴らした。


 少女は白い前合わせの服に、赤い帯を締めている。手首と足首に、赤と黒の細い帯で鈴が結ばれていて、動くたびに軽やかに鳴る。


 そしてそのまま、男は演奏を始めた。

 空気を叩きつけるような弦の強い音色に合わせて、少女がくるくると舞い踊る。

 鳶色の少女の髪がふわふわと揺れた。

 少女の動きに合わせて、手首に結ばれた鈴が、シャン、シャンシャンと清廉な音をたてる。


 演奏と舞いが終わり、二人がお辞儀をすると、観客は一斉に拍手を浴びせた。


 カイエンはその様子を椅子に座ってぼんやりと眺めていた。

 ここ『楽奏亭』は小さな舞台付きの酒場だ。夜は音楽を聞きながら美味い飯が食べられる人気店だが、今日のように流れの吟遊詩人が演奏や踊りを披露することもある。


(こんな妙な奴らが舞台に立ったのは初めてだな)


 奇妙な話——吟遊詩人の話だと『怪談』というらしい。

 特に今のカイエンにとっては心がささくれるような話だった。


「先程はありがとうございました」


 そう声をかけられ顔を上げると、さっきまで演奏していた吟遊詩人の男だ。黒い髪に黒い瞳、黒い服を身にまとっている。


 そして横から

「いや、本当助かったよ。あいつらしつこくてさ」

と少女が顔を覗かせた。


 演奏中、鈴を鳴らしていた踊り子だ。今は衣装の上からローブを羽織っている。


「礼を言われるほどのことじゃない」


 助けたと言っても、たいしたことはしていない。

 吟遊詩人たちが舞台に立つと、たちの悪そうな奴らが下品な野次を飛ばしていたので、声をかけただけだ。

 カイエンの赤い髪を見ただけで、ごろつきたちはひるみ、後退りのまま楽奏亭から逃げて行った。



——仲間殺しのカイエンだ。


——後ろから刺されちゃかなわねぇな。



 そんな捨て台詞を吐かれたことも思い出す。


「そう言わずにさ、ここはおごらせてよ、ね?」

 少女はそう言って、返事も聞かずにカイエンの横に座った。


「あたしはミミ。こっちは先生。あんたは?」

「カイエンだ」


 先生と呼ばれた吟遊詩人の男も、椅子に座る。


「あんたら二人連れで旅をしてるのか」

「元々は一人旅だったのですが」

 黒づくめの男は困り顔で言った。

「行きがかり上、なんとなくこの子を引き取る事になりまして」


 ミミと名乗った鳶色の髪の少女は、嬉しそうに笑った。

「でも先生。あたしが演奏に加わって、前よりもお客が増えたでしょ」

「その先生というのもやめてほしいんですが」


(おかしな格好をした吟遊詩人。ひょろりと頼りなげで、その上、子連れか。そりゃあ絡まれるな)


 俺は、楽奏亭のマスターの方をちらりと見た。

 敢えて俺の方を見ないようにしているのか、様子が(うかが)い知れない。


「あんまり、俺といるところを人に見られない方がいい。また変なのに絡まれる。何せ俺はこの町で『仲間殺し』で通っているからな」


 吟遊詩人たちは顔を見合わせた。

「そういや、絡んできた奴らにも言われてたよね」

「もちろん濡れ衣だ」

 俺は残っていた酒を一気にあおると言った。

 


「顔のない奴らに()められたんだ」

参考文献: 小泉八雲著「貉」青空文庫

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