表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を渡る吟遊詩人は怪談が専門です。  作者: 輪ニ
偽者と入れ代わる鏡
18/89

七、鏡越しの野心

 事件から二週間がたち、当主の部屋にリリーを招いた。


 部屋は片付けられ、私好みの調度品が運び込まれている。

 私がここまで来られたのは、全てリリーのおかげだ。


 ダリアお姉様が屋敷を出て行った日に思いを馳せる。

 馬車に乗り込み、お別れの挨拶をすませた後、お姉様はこんな事を言っていた。


「あの日……ローズマリーの背中を押そうとした瞬間に、あの子『なぜ』って呟いたの」


 ルーカス義兄様の腕にもたれながら、まるで幼い少女のようになってしまったダリアお姉様。


「あの子、私のことなんて少しも信用していなかった。それなのに、突き飛ばされて『なぜ』なんて言うかしら」


 お姉様はぼんやりと私を見つめた。


「どうしてそんなこと言ったのか考えていたの。それで、思い出したの。あの子、こう言っていたのよ」



()()()()()()()()()って」



 私はそっとお姉様の手を取った。


「あの日リリーは私と共におりました」


「そうよね。あなたの大切なリリーですもの。庭にいるわけがないわよね」


 ダリアお姉様の表情をじっと観察したが、おそらく他意はなさそうだった。

 何も気がついていないはずだ。



 私の大切なリリー。

 お母様から頂いた大切な()()()



 あの日、深夜に呼び出されたローズマリーお姉様は、もちろんダリアお姉様のことを警戒していた。

 何かされるのではないかと疑い、身構えていた。

 しかし、池のほとりの植え込みの影にリリーを見つけたその瞬間、ローズマリーお姉様は驚いたはずだ。



——なぜここに、アイリスがいつも抱いている()()があるのだろう。



 それで咄嗟に『なぜ』という言葉が出たのだ。

 ローズマリーお姉様はリリーに気を取られ、背後に注意を向けなかった。

 結果、ダリアお姉様に突き落とされ、命を落とすことになった。


 私はあの日、リリーと共に全て見ていた。

 池のほとりで、植え込みに隠れ、一部始終を見届けた。


(リリーといることで、皆が私を侮ってくれる)


 人は皆、リリーを抱く私に憐れむような視線を向けてくる。

 幼いまま時が止まってしまった、純粋な三女。

 母親を亡くしたショックで、小さな子どものように人形など抱いているのだろう。

 この子ならば、人を騙すようなことはしないだろう。


 皆を油断させるために、リリーの力は必要だった。


 亡くなった母親からもらった人形を、片時も手離さない哀れな三女。お優しいアイリスお嬢様。

 お父様、屋敷の使用人たち、二人のお姉様、ルーカス義兄様。

 皆、私をそのように見ていたはずだ。


 リリーが、私を守っていてくれたのだ。


 現に、ダリアお姉様とローズマリーお姉様は、私には目もくれず、お互い潰し合った。


 どちらでも良かった。

 池に突き落とされるのは、ローズマリーお姉様でも、ダリアお姉様でも構わなかった。

 どちらが本物でどちらが偽者か、私には関係がない。

 どちらでも、生き残った方となり代われば良いのだから。



 ()()()()()()()()()



 ダリアお姉様が幼い頃から受けてきた教育が『当主になるための教育』ならば、ローズマリーお姉様、そして私が受けてきたのは『当主になり代わる教育』だ。


 もし、当主に何かあった場合、代わりにその座につき、家門を守っていく。

 本来は、家門を存続させるため、何かあった時の『スペア』のための教育だったのだろう。


 しかし、その厳しい教育は、私たちの野心を育てた。

 いつか取って代わってみせる。

 虎視眈々と鏡越しに機会を伺う、そうやって生きてきた。


 吟遊詩人の男に「噂を流すことなど簡単だ」と言ったのは、私の経験によるものだ。

 ローズマリーお姉様の寝室からルーカス義兄様が出てきたという噂を流させたのは、私だ。

 二人の確執を生み出す必要があった。


 ローズマリーお姉様は吟遊詩人を利用して、ダリアお姉様を貶めようとしていた。

 私も同じ事をしようとしたのだ。


 ダリアお姉様が生き残れば、ダリアお姉様を。

 ローズマリーお姉様が生き残れば、ローズマリーお姉様を。

 姉たちの争いを嘆く妹として、犯人を告発をする。

 そして、私が当主に迎えられるのだ。


 ローズマリーお姉様の死が事故だと、本当に皆思っていたのか。

 誰がどこまで知っているのか、確認する必要があった。

 私の野心など、とうに周知のことなのではないか、そんな考えが浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。


 リリーだけが、私の味方だった。


 これで私は全てを叶えた。

 深い孤独と共に。


「私はここから出られない」


 思わず呟く。


 あの吟遊詩人は「ここから出られない」というダリアお姉様の言葉を、悲しい言葉だと評した。


 そんな言葉で済むものではない。

 まるで異世界を渡り歩いているような、自由な彼には、この閉塞感がわからないだろう。

 ここから出られない。

 私は鏡のどちら側にいるのだろう。

 本物なのか、偽者なのか。

 取って代わったのだろうか。

 それとも取って代わられたのだろうか。


 急に吟遊詩人の男に会いたくなった。

 けれど、もう会うことは叶わないだろう。

 彼はまるで異世界の人間のように不思議で不気味でーーそうまるで『怪談』のような男だった。


 彼の語った物語、鏡に飲み込まれたという少女は、閉じ込められたのだろうか。それとも自由になったのだろうか。

 どこか別の国の彼女。

 私たちは鏡に映ったお互いのように、向かい合っているのに、永遠に触れ合うこともできない。


 この部屋にあったお母様の肖像画は大広間に移した。

 代わりに鏡を運び込ませた。縁に蛇が彫刻されている物だ。

 その鏡の前に、リリーを抱いたまま立った。


「ここから出られないでしょう。私が取って代わったのだから」


 鏡の中の私がそう唱える。

 腕の中のリリーは、優しく笑っていた。




         偽者と入れ代わる鏡——了——

読んでくださりありがとうございます!


次章は、追放傭兵のお話です。


もしお手間でなければ、ブックマークや評価をしていただけると、本当に本当に励みになります!


今後ともよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ