六、鏡の中の自分
ダリア姉様はよろよろと部屋の奥に進んで行く。
そこには、幕のかかった金の額縁の大鏡——。
そして、ダリアお姉様は、身体を揺らして笑い始めた。
「ねえ、ローズマリーにとっては私が偽者なんですって。あの子にとっての本物は一人だけ。それはね、あなたのことよ」
私に話しかけているのかと思ったけれど、違う。
ダリアお姉様は、どうやら鏡に向かって話しかけているようだ。よく見えるように、私はそっとお姉様に近づいていく。
ダンッとお姉様は鏡を叩いた。
「あなたはここから出られないのよ!」
お姉様はそう言って、何度も大鏡を叩く。
「そうでしょう!私は、あなたに取って代わったの!もう私を苦しめない!あなたはそこから出られない!
当主にふさわしくないと私を叩くこともない。当主を軽んじるなと私を叱ることもない。だって今は私があなたの椅子に座っているのですもの!」
幕が外れ、全てが露わになる。
「そうでしょう!ねえ、お母様!!!」
皆が勘違いをしていたのだ。
お姉様の部屋にあった、金の縁の大鏡……いえ、それは鏡などではなかった。
額縁の中にいたのは、その女性は——
ダリアお姉様のように金色の美しい髪、ダリアお姉様のように青く聡明な眼差し、ダリアお姉様のように気品に満ちた立ち姿——
それは、チェスター家の前当主、お母様の肖像画だった。
鏡ではなく、肖像画に向かって、お姉様は怒り、怒鳴り、泣き叫んでいたのだ。
——ここから出られないでしょう。私が取って代わったのだから。
噂になっていたあの言葉は、間違いなくお姉様の言葉だった。ここから出られないとは、なんだったのだろう。お母様を肖像画の中に閉じ込めたつもりだったのだろうか。
ローズマリーお姉様が、ダリアお姉様に取って代わろうと必死だったように。
ダリアお姉様も、お母様に取って代わろうと必死だったのだろうか。
「ダリアお姉様」
私はたまらずお姉様を後ろから抱きしめた。
「もう苦しまなくて良いのです。私の事を愛してるとおっしゃってくださいました。ルーカス義兄様の事も愛していると。ではどうか、お願いです」
本心を絞り出すように、私はお姉様に縋った。
「どうか、鏡の中のご自分も、愛してください」
ダリアお姉様は、肖像画を叩くのをやめた。
そしてうめくように座り込んだ。
「お姉様。別荘には、ルーカス義兄様と行かれるのはどうでしょうか。ここを出て、何にもとらわれず、愛しい人とゆっくり過ごすのです。そして、いつかご自身を愛せるようになってほしいのです」
「アイリス……ああ…アイリス……」
頭を抱え込んだお姉様を、そっと抱きしめた。
子どものように泣きじゃくるダリアお姉様の背中を、私は優しく撫で続けた。
肖像画のお母様は、そんな私たちをじっと見下ろしていた。