四、醜聞の正体
「ローズマリーお姉様を殺したのは、当主であるダリアお姉様なのです」
水面の波紋が大きく広がっていく。
「……詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
吟遊詩人は、少しも顔色を変えず、そう言った。
「私、ずっと考えておりましたの。お姉様が昨日あなたにおっしゃったこと。まるで、チェスター家の醜聞を街で広めてほしいような口振りでしたわ」
なぜ、お姉様はそんなことをするのか。お姉様に何のメリットがあるのか。
「取って代わるためですわ」
とても肝心な部分だ。
私はゆっくりと息を吸い、そして吐いた。
「鏡の自分と入れ代わるだなんて、お話としては馬鹿馬鹿しいかもしれない……けれど、当主が偽者かもしれない、こう言った流言は馬鹿にできないのです」
奇妙で不気味な大鏡が登場する話など、面白おかしく形を変え、あっという間に広まるだろう。
それは、家門の名誉を守れぬ当主、そう烙印を押されてしまうようなものだ。
「ローズマリーお姉様は、ダリアお姉様に取って代わって、当主になろうとしていたのです。そしてそのために……その……すでに根回しをなさっていました」
「それは、具体的にどのような……?」
私は、ぐっと言葉に詰まる。
「あの……ルーカス義兄様のことなんです……」
顔を伏せ、手をグッと握りしめる。
「メイドたちが噂していたのです。定かではありませんが……ローズマリーお姉様は、ルーカス義兄様と通じていらっしゃいました」
吟遊詩人は、ゆっくりと頷き「通じて、とおっしゃいますと……」と言葉を濁した。
「ええ。夜中にローズマリーお姉様の部屋から、ルーカス義兄様が出てくるのを見たものがいたらしいのです。私、思いますの。ダリアお姉様に取って代わろうとしているのは、鏡の中の偽者ではなくて、ローズマリーお姉様だったのではないかと」
「だからダリアお姉様に殺されたのです」
「お姉様がお部屋に引きこもっていらっしゃったのは、偽者だと暴かれないではなく、ルーカス義兄様の裏切りに、心を痛めていらしたのではないでしょうか。そして、ローズマリーお姉様が、ダリアお姉様の名誉を貶めようと動いたことを知り……抵抗したのです。偽者に取って代わられるのを、本物が良しとしなかった」
——ねぇ、子どもの頃を覚えている?
——水面に石を投げて何回跳ねるか競争したわね。
勢いよく背中押したのは、彼女が池に目を向けたその瞬間だった。
そのまま彼女は凍てつくような冷たさの水鏡へ吸い込まれていった。
——なぜ……?
最後の問いかけは誰に向けての言葉だったのか。
「これが、チェスター家の醜聞の正体です」
気がつくと、私は頬を濡らしていた。
リリーが、優しい顔で私を見つめている。
私を守っていてくれるリリー。
「これからどうされるのですか」
吟遊詩人は、穏やかに訊ねた。
「お父様にお話します。信じてくださるかはわかりませんが……そしてそのあと、直接、ダリアお姉様にお話しします」
そうですか、と彼は頷いた。
そう。今度はお父様に話さなくてはならない。
言わば『本番』だ。
信じてもらうためには、リリーの力が必要だ。
「そういえば」と吟遊詩人は顔を上げた。
「昨日、ローズマリー様がおっしゃっていた、あの発言は嘘だったのでしょうか」
「あの発言?」
ええ、と彼は頷いた。
——ここから出られないでしょう。私が取って代わったのだから。
ダリアお姉様が、自室の鏡に向かって唱えていたという言葉だ。
「実際に、どなたかがご覧になったのですよね?では、全くの嘘というわけではない——」
「——きっと、ローズマリーお姉様が、メイドたちに流させた根も葉もない嘘なのかもしれません。嘘の噂を流すなど、やろうと思えば、簡単ですから」と、私は言った。
「簡単ですか」と男は言い、楽器を抱え直した。
「ここから出られない……なんとも悲しい言葉ですね」
——ベェェェン……
喪に服す庭に、震えるような音が響いた。
ローズマリーお姉様はもう戻らない。
そして私は、覚悟を決めた。